BKI

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 ミュージシャンになる予定のない祐映だが、問題はミュージシャンじゃない。特に何かになりたい希望もないが、祐映は沼縁を離れたくない。地元っ子の祐映は沼縁が大好きだ。  良くできた兄は良くできたまま仏教大学に進み、今では立派に新米住職として多忙な日々を送っている。保険の祐映のニーズはなくなり、兄の進言によって祐映の修行は打ち切られた。つくづくにも兄には感謝している。  坊主が嫌なわけじゃない。ただ僕は――。  口をへの字に曲げ、祐映は本堂に目を向ける。薄暗い本堂にでんと構える阿弥陀様の横、祐映の大好きな存在が祐映を見守っている。  幼い頃からずっと祐映を見守ってくれる存在は、きっと祐映が沼縁にいることを望んでいる。 (だって。観音様は僕にだけ。笑ってくれるんやもん)  にまっ、と笑った祐映は、気合いを入れて草を引く。何はともあれ、役立たずなりに役には立たねばならん。  ぐっ、と引いた草は思いの他すんなりと抜け、勢い余った祐映は尻餅をついた。じわり、と尻を濡らした水桶は、今朝方撒いた遣り水の残りか。 (僕ってほんと鈍くさい)息を吐いた祐映に、「ごめんください」玄関から声がかかった。 (ついでにほんと、ついてない)と祐映は肩を落とした。  常のことだから仕方ない。何をやってもこんな調子だ。
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