ベランダと白い君

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 走馬灯というのは、本当に見るものらしい。海水に沈み、体とそれを覆うものとの境界線が曖昧になっていく中で、僕は彼女と交わした他愛もない会話を思い出す。今際の際にこんなことを思うだなんて、やはり僕は往生際の悪い性分なのだろう。 「いきなりなんの話」 「いや、改めて考えてみただけだよ。別に今までだってちゃんと好きで一緒にいたんだけどさ。でもちゃんと一回君に対して意思表示というか、君は多分、自分の良い所からは目を逸らしがちだから。だから私の口から言ってあげるの」  彼女は思っていることを言葉にするのが上手かった。そこも、僕とは正反対の部分だ。 「それはありがたいね」  冗談交じりにそう返す僕に、彼女は「そうだよ。だから忘れないでね」と言った。 「私はね。君の、生きるのに一生懸命なところが好き。もし、もし仮に私が死んでも、君は生きていてくれそうなところが、安心する」 「安心?」 「だって、多分君だけは忘れないでいてくれるでしょ、私のこと」  なんでこんなことを今になって思い返すんだ。 「忘れないでって言ったでしょ?」  ほら、見てみろ。幻聴まで聞こえてくる始末だ。 「ねえ、私のこと覚えてる?」  覚えているに決まってるだろ。忘れたことなんかないよ。 「君だけはずっと覚えてて、私のこと」  この日、僕は死ねなかった。
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