229人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺、大学は、関西のほうに行ってて」
「へえ」
創太は、篠田の昔話を聞けるのが嬉しかった。
「で、その時、独り暮らししてたんだけど。親元から通ってる奴らが毎日のように遊びに来てさ。で、作り方教えて貰ったんだ」
「そうなんだ、本場仕込みですね。楽しみ」
と創太は言う。
「うん。その、来てた奴らの中に嫁さんもいて、さ」
「あ…」
創太は、ドキドキした。聞いてもいいんだろうか…。
「だから、まあ、嫁さんに教えて貰ったんだよ」
「そうなんですね」
創太は、切り終わったキャベツをボウルにいれて、お好み焼き粉を混ぜる。
「あ、粉、少なめでいいよ。そのほうが、サックリできる」
「あ、はい」
少しだけ嫉妬しながら、学生時代の篠田のことを思う。
みんなでワイワイお好み焼きを焼くなんて。創太には、そんな経験はなかった。
「いいですね、そういう思い出。俺は、なんにもなくて」
「そうなの?」
意外そうに篠田が言った。
「はい。俺、刺繍オタクなんです。恥ずかしいんですけど。だから気の合う友達とかいなくて」
他人に話したのは、始めてだった。
刺繍なんて女の人の趣味みたいで、恥ずかしい。
「あ、それで、バッグに!」
「はい」
「あれ、凄いね。まさか、自分で刺繍したとは思わなかった」
篠田は、しきりに感心している。
「祖母が凄く刺繍が上手くて。子供のころに教わったんです。それでハマって。今もハマり続けています」
と笑うと、それはすごい!とまた感心された。
「何かひとつのことを続けるって凄い才能だと思う。俺、樹にもそういうの見つけて欲しいと思ってるんだよ」
いつの間にか樹がやってきて「そーた、遊ぼうよー」と脚にしがみついてきた。
「あ、えっとちょっと待っててね」
創太は、どうしようかと篠田を見た。
「良かったら遊んでやってくれる?お好み焼きは、俺にまかせて」と篠田は笑う。
「あ、はい、それじゃ」
創太は、樹に引っ張られるままリビングに移動した。
「これ、そーたに貸してあげる」
樹は、そう言ってティラノサウルスのフィギュアを渡してきた。
「ありがとう」
創太は礼を言う。
「いっくんは、これ」
「お、フタバスズキリュウだ!」
「うん!つよいよお」
ガチャンガチャンと恐竜をぶつけ合う。
「おー、強い!」
きゃっきゃっと喜ぶ樹が本当に可愛いな、と思った。
「黒川くん、兄弟居るの?」
篠田は、リビングにホットプレートを運んできた。
「あ、はい、2つ下の弟が」
「そうか」
「…うち、親が再婚なんです」
「そうなんだ、じゃあ弟さんていうのは」
「はい。父親の方の連れ子で。なんていうか、やっぱり気を遣わせちゃって、父親に。いい人なんですよ、義理の父。それで、家を出ようかな、と」
「そうか…。色々あるよね。生きてると」
篠田は、少し遠い目をした。
最初のコメントを投稿しよう!