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「お昼何するー?」
「日替わり、白身魚のフライだって」
アルバイトの女子大生達がワイワイと食堂の入口で騒いでいる。
…白身魚かー。フライもいいけど、魚なら煮付けか焼き魚がいいかなぁ…
創太は、メニューを見ながらぼんやりと考えた。
すぐ横を高山が同期の人達と話しながら入っていく。
「トロ川、お前、昼決めんのも遅いんだな」
不意に声をかけられて、恥ずかしくなる。
「あ、すいません…」
「なに謝ってんだよ」
また睨まれてしまい、創太は慌てて食堂の中に入った。
結局、日替わりを注文し、空いている席を探してウロウロする。
「あ、黒川くーん、ここ空いてるわよ」
パートの小田が声をかけてくれた。
子供が社会人だと言っていたからもう50代くらいだと思うけれど、栗色に染めたセミロングの髪が若々しく、綺麗な女性で、いつも創太を気にかけてくれていた。
「あ、小田さん、ありがとうございます」
「黒川くん、いっつも席探してウロウロしてるでしょ?だから、取っといてあげた」
ニコリと笑われて、創太は笑い返す。
「黒川くん、いいねえ、小田さんに優しくされて」
え、と前を見ると課長の篠田がニッコリ笑っていた。
「あ、篠田課長!お疲れ様です」
創太は、急に居心地が悪くなる。
仕事がトロい奴と思われてるよな、きっと。
「いつも丁寧な仕事してくれてありがとう」
「え?」
創太は、思いがけず篠田に褒められ、赤くなってしまった。
「高山くん、よく言ってるよ、黒川は、絶対に間違えないって」
「え?高山くんが?」
小田にも言われて、創太は驚いた。
「ちゃんと見てる人は、見てくれてるから」
小田にポンと肩を叩かれて、創太はなんだかムズムズしてしまう。褒められるのは、ちょっと苦手だ。
「じゃ、私、先に行くねー」
小田は、先に食べ終えて行ってしまい、篠田と二人になってしまった。
創太は、黙って白身魚に齧りつく。
「うちの息子が、魚嫌いでさ」
不意に篠田が話し始めた。
「あ、はい」
「フライだったら食べるかなあ」
「そうですね。お子さん何歳ですか?」
「もうすぐ3歳になるんだ」
篠田は、嬉しそうに目尻に皺を寄せる。
端正な顔がくしゃと崩れるのがなんとも色気があった。
そして、よく通る低めの声。
創太にとって篠田は憧れの塊で、胸がキュッとした。
「可愛いでしょうね」
「うん、まぁ、可愛いは可愛いんだけどさ。第1反抗期っていうの?それに入ってて。最近、言うことを聞かないんだよね」
創太は、咀嚼しながら、その声にまたうっとりと聞き惚れる。
「聞いてる?」
「あ、すいません…」
うっとりしていた、とは言えず創太は赤くなる。
「まぁ、人の子供の話なんてなぁ、興味ないよね」
ははっと笑いながら、篠田はトレイを持って立ち上がった。
立ち上がると篠田の身長の大きさが分かる。肩幅も広く、いつも姿勢がいい。
「お先に」
「あ、はい」
急に突き放されたようで創太は寂しくなる。
ぺこりと頭を下げた。
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