間の山の庄助

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 思いながらも庄助も欠伸を一つ。さすがに寝不足が続いては、間の山一の若衆、庄助だって眠い。   ここ数日の寝不足は素間のせいだ。かつて素間をこれほど気にした例は一度もない。 目が合えば胸が高鳴り、名を呼ばれれば息が詰まる。 姿が見えねばそわそわと気が落ち着かず、いたらいたで気になって粥も喉を通らない。  一人、布団にくるまって素間を待つ夜は長く、今頃どこで何をしているかと思えばとても寝られたもんじゃない。 「くそっ。眠いぞっ!」  思わず毒づいた庄助の後ろから、 「うんうん、ほんま。春は眠いなぁ」目を擦りながら大男がぽん、と庄助の背を叩いた。  筵を敷いた男が大欠伸をかまし、風呂敷を広げて茶道具を並べる。  男童が手にした棒を振りながら声を張り上げる。  ふれやふれやちはやふる、神のお庭の朝浄め、それ、やてかんせほうらんせ――。  力自慢の大男の肩で、花笠を被った女童らが間の山節を唄う。  襤褸を纏った女の前で、剣を片手に若衆が舞い踊る。老爺の肩に載った色鮮やかな鳥が、ヤテカンセと鳴いて頭を振った。  微睡みを誘う春の陽が、一種異様な絡繰りを披露するかのごとく興行前の間の山が雑多な気配に包まれていく。 (毒づいとる場合やないわ)と庄助は掛け小屋の裏に駆け込んだ。  お杉お玉の三味線が、べんじゃらべんじゃらと姦しく鳴り始めたら、御師らが客を連れて現れる。  皆出揃ったよ、いつでもおいで――。  お杉お玉は間の山の客引き一番手だ。
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