間の山の庄助

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庄助は積み重ねた枕箱を手に取った。庄助の得意とする枕返しは若衆興行の華だ。  投げた枕箱を積み重ねていく芸は、軽やかな動きと客の気を引く愛嬌が基本だ。新米は積み上げる箱の数に勝負をかけるが、間の山一若衆の庄助は数だけで終わらない。幾つもの技を組み合わせた庄助の枕返しは客の度肝を抜いて常に黒山の人だかり。村長が大きな期待を寄せる客寄せ興行の一つだ。  放り上げる枕箱が弧を描く。くるり、と体を回した庄助は後ろ手で枕箱を受ける。軽く放り上げた枕箱を今度は肩で受けて滑らせる。伸ばした手に箱が収まりまずは上々。 「やってるね、庄助」不意にかかった声に、手に受けた枕箱が滑って、掛け小屋の裏板にぶち当たった。 「静かにせんかっ!」大年増のお玉が白塗りの顔に皺を波立たせて顔を覗かせた。 「すんません」首を縮めた庄助にふんっ、と鼻を鳴らしたお玉は、濁声の間の山節をがなり立てる。 「お杉お玉に隠居はないのかね」小声で訊ねる素間に、「死ぬまでやるぞ」と返した庄助は枕箱を拾って背を向けた。ばくばくと心ノ臓が踊り始める。 (いかん。芸に集中するんや)勘の良い素間に動揺を悟られたら終いだ。  かこんかこんと小気味良い音が、庄助の心を落ち着かせていく。うっすらと滲んだ額の汗を庄助が拭って、「あたしはお前の旦那だといったろ?」素間がぼそりと呟いた。手元が狂った庄助は弾き飛んだ枕箱に慌てて手を伸ばす。 「あたしはお前の全てが知りたいんだ」素間の言葉に息を呑んだ。
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