間の山の庄助

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     「へぇ。ほんまにおるんやな。話には聞いとったけど儂にゃあ縁のないお人やと思うとったわ。あんた伊勢の町の辻占やろ? ここらは穢所やで、町のもんが来る場所やない」  まじまじと庄助を眺め倒す男は庄助が情報収集にと狙いをつけた相手、牛谷の一番手若衆、茂吉だ。体格の良い童顔が金太郎の愛称で親しまれる茂吉とは、互いにしのぎを削る間柄だ。 「お前様は茂吉さん。うちはお前様を待っとりましてん。本日、目付衆の手伝いでおはらい町に行ってはりましたやろ。そろそろお帰りの頃合いやと」  太兵の視線を背で感じつつ、袂から取り出した水の珠を手の平に載せれば、茂吉が小さく息を呑む。夕陽を受けて輝く水の珠は野間家の家宝。野間家当主は息子のお遊びに気付いていない。 「龍の目や」呟いた茂吉に、庄助は胸を痛めた。  茂吉が近頃占いに凝っているとは既に承知。見目と違って金太郎は意外にも繊細だ。 悪玉(素間)の手先となり、茂吉を利用するのは心苦しい。だが、拝田の庄助が牛谷を探るには他に術はない。間の山芸人として伊勢を盛り立てる拝田と牛谷は互いに主張し合う間柄だ。  今や伊勢名物ともなった網受けは、そもそもが鳥屋尾左京なる者が編み笠を槍の先に縛り、高らかな大音声で参宮者の気を引いたのが始まりだ。見事な槍使いが参宮者の賞賛を集めた槍の名人鳥屋尾左京は牛谷縁の者であると牛谷は主張する。  対して拝田は、間の山芸人とは拝田一族を示す呼称であり、我らは古から大神様に仕える芸能の神縁の者。  そもそも間の山の賑わいはお杉お玉が始まりであり、とびきりの美人姉妹と伝わる二人は拝田の者である。芸人の女が巫女として客と閨を共にするのは古の倣いであり、おかげで拝田村には見目良き者が多いと村長の話にはおちがつく。  言い合えばきりのない互いの主張は平行線で、見かねた神宮側が両村に平等に権利を割って今に至る。両村の主張は今も根強く各々の村に残っている。  拝田、牛谷が共にあっての間の山。甲乙つける必要はないとは素間の言だが、村人の数と、お市お鶴の人気がぱっとしない事実から牛谷はいささか意固地になりがちだ。  素間すらも受け入れぬ牛谷は排他的。故に牛谷の内情を探るには唯一、庄助がその人となりを知る茂吉しかいない。茂吉は実直で気の良い男だ、しかも女に滅法弱い。 「きれいやなぁ。そらあんたの目ぇか」  食らい付いた茂吉に胸を痛めつつ、紫(庄)の(助)君は見えぬ目を彷徨わせて「へぇ」と返す。  巷で話題の辻占の君は盲目の美少女。墨色の衣に蜘蛛の巣をあしらった派手な図柄に、紫の御高祖頭巾という人目を引く出で立ちが話題を呼んでいる。頭巾の色にちなんで〝紫の君〟と呼ばれる辻占は、素間のお遊びに付き合う庄助の変装だ。  夕刻の辻で二人きり。女に弱い茂吉は、牛谷を案じる辻占少女にきっとぽろり、と事情を語ると踏んだ庄助だが。 「あんた、どっかで会うたことある?」意外にも冷静な茂吉に舌を巻いた。 ここで紫の君の正体を知られるわけにはいかん庄助は、 「お前様はお忘れでしょうが。何度かお前様の夢で」と、神秘的な言葉を放ってみる。 「夢……そ、そうかっ。儂の願掛けは通じとったんやな」  願掛けにも凝っていたかと魂消つつ、思案げな茂吉には何か思い当たる節があるらしい。 ここは素直に従うべしと、神妙に頷いた紫(庄)の(助)君に、 「そうか、儂にもついに……」何故か茂吉は興奮気味だ。 「そやったらなおのこと。こないなとこにおったらあかん。そろそろ日が暮れるで。お帰り、人に喰われる前に」  少女の身を案じる茂吉は良い奴だ。 (ごめんな)と胸の内で手を合わせた庄助は、手にした水の珠を押し頂いた。 「間の山の大事は我が大事。牛谷の茂吉は我が御子と同じ。お前は茂吉を助けて共に――」  辻占の君が紡ぐご神託を、「なんとっ。大神様までもが」感極まった茂吉の声が押しやった
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