間の山の庄助

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 常のごとくに朝帰り。素間は寝不足の庄助をたたき起こして「腹がへった」とのたまった。  粥を炊く庄助を尻目に、「どうだったい?」と横になり、庄助の報告に眦を吊り上げた。 「それでお前はすごすごと引き返してきたのかいっ。紫の君が聞いて呆れる!」 言いながら素間は椀を差し出した。 「だから。邪魔が入ったんや」弁明しながら粥をよそる我が身を哀しく思う。 茂吉は話に乗ってきた。神隠しの裏付けは取れたぞと、がなる庄助の前を、身支度を調えたお杉お玉が三味線抱えて通り過ぎる。庄助は慌てて振り袖を羽織った。本日は間の山での興行だ。客を引く若衆が出遅れてはお叱りを受ける。 「神隠しが起こったから、調べておいでとあたしは言ったんだ」  かつかつと音を立てて粥をかき込む素間を尻目に、庄助はさっさと帯を締め上げる。 「神隠しの子は牛太郎。茂吉の異父兄弟や」どうだと笑んだ庄助に、 「茂吉に弟がいたとは初耳だ。けどあたしゃ人別帳を作ろうってわけじゃあないんだよっ」  素間は椀を置いて庄助の胸ぐらを掴んだ。ぐっ、と引き寄せられて息が詰まる。 「菜を採りに行ったまま帰らんて……。お前、おとぎ話を聞きに行ったのかい? 期待外れもいいとこだ」耳に囁いた素間は空いた手を庄助の背に回した。  警戒して首を巡らせた庄助の襟元から素間の手が忍び込む。「こら、何すんやっ」と噛みついた庄助の額を素間のでこが突いた。秀でた額はことのほか堅い。
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