間の山の庄助

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 唸る庄助に構わずひやり、と冷たい素間の手は庄助の肌をまさぐり、「ふん、なかなかいい尻だ」背に回った手がつるりと尻を撫で上げる。庄助の肌がふつふつと泡を立てた。 「お仕置きだ」素間の言葉に庄助の背が凍る。  そんな話は聞いてない、色子になるつもりはない、今一度機会をくれと懇願する庄助に、 「あたしはお前の旦那なんだ」素間はさっさと庄助を抱え込んだ。 「わかった。あと三日待ってくれ。茂吉に話を聞いてくるっ」祈る思いの庄助に、「待てないね」と素間は吐き捨てた。 「お前がみっともない姿でいたんじゃあ旦那のあたしの顔が丸潰れなんだよっ」  素間は庄助の尻を思い切り抓り上げた。 「遊女じゃあるまいし。襟元にすんなり手が入るような着付けは駄目だ。帯も緩いよ、これじゃあ興行中に解けちまう」  手早く襟元を絞めた素間は衣のたわみを伸ばし、きゅっ、と締め上げた帯に赤い口元を緩ませた。 「あたしに恥をかかせないどくれ」  ぽんっ、と叩いた帯がりん、と音を立てた。       お天道様が黄色く霞む。春の霞みは眠気を誘う。間の山に鳴り響く三味線の音も、どこか眠たげで庄助の瞼も重い。 「あかん、間違えてるよお玉さん」 「嘘、違うてるのはお杉さんとちゃう?」  言い合う幼い声も眠たげだ。  春の霞みは異国の魔物――。  伊勢の民人が言い合う眠たげな霞みは、清らかに澄んだ伊勢の地を恨んで、異国の魔物が扇に載せる欠伸だと言われている。 (お杉お玉が眠とうてはあかんやん。しっかりしてぇや)
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