アイに包まれたこの世界で

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 「……おや、ようやく目が覚めたらしいぞ」  「そうみたいだな」  「――様に報告しなければ」  遠くから話し声が聞こえるが、体が重くて力が入らない。うっすら目を開けてみる……が、ぼんやりしていてよく見えない。  徐々に視界がはっきりしてくる。どうやら私を囲むようにして二、三人ほどの人影が話しているらしい。  「……ん?ココどこ?」 ようやく覚醒し始めた頭を使って今現在の状況を把握しようと試みるが、そこは全く身に覚えのない部屋だった。  「起きたか、小娘。何があったか覚えているか?」  「うわぁあ!」  話しかけられたほうを向くとそこにいたのはガイコツだった。  えっ、どういうこと?これは夢……?ガイコツが喋るだなんてあり得ない。少なくとも私の常識の中では。  「……急に大声を出すな。耳が壊れる」  そう言って喋るガイコツは不機嫌そうな声をする。――いやいやいや、ガイコツに耳とかないから。そもそも神経通ってないでしょうに!  ……というか私、一体何があったんだっけ?  あまりにもイレギュラーな事態に私の脳は軽いパニックを起こしていた。とりあえず落ち着こう。まずは状況確認から始めるんだ、私。そして冷静な対処を行うのである。  えーっと、たしか薬草を採りに行って、熊に追いかけられそうになって……。  徐々に記憶を遡っていくと、全身がズキズキと痛むことに気づいた。一体なぜ?  そうして私は思い出した。  「……水の中に落ちたんだ」  「そうだ。そしてそのままこの世界に来たわけだ」  「あの、ココってどこなんですか?」  「お前そんなことも知らんのか」  ガイコツはフッと鼻で笑う。なんだコイツ、ムカつくな。その鼻へし折ってやろうか?まあ、鼻もないんだけどね。  「……スミマセン。わからないです」  素直にそう言うと、ガイコツは私を小馬鹿にしたような口調で話し始めた。  「ココはな、我らの偉大なる王、ハデス様が治める死者の国。つまり、冥界だよ」  ……なんですって?脳みそが一瞬エラーを起こす。  「ちょっと、冗談キツいですよ。これ私の夢でしょう?そうですよね?そうに違いない!ぜったいにそうだ!!」  「何をわけのわからんことを……。これだから理解力のないアホは困るのだ。ほれ、これでもまだそのような戯言を言うか?」  「ちょ、ちょっと!痛い痛い、痛いから!人の顔そんなに引っ張んないでよ!」  あれ?痛いってことは……夢じゃない?    「……ってことは、私は死んだんですか?」  「だったら良かったんだがな」  おいおい、良かったってなんてこと言ってくれるんだ。  「残念ながらお前は、たまたま開いていた冥界への入り口に落ちてしまったようだ。それも生きたままな」  「そうだったんですね……って、残念ってなに残念って!!」  「水中に落ちたとはいえ、随分と高いところから落ちたんだろう……」  「まさかのシカトですか……」  「全身を強打していた。こちら側の世界とあちらの世界を繋ぐ道をあんな場所に作ってしまったのは我々の不手際。それに関しては謝る。怪我が治るまで休むがよい」  「いえ、そんな……」  「だがな小娘、怪我が治ったらさっさと出て行ってくれ。生きている人間は嫌いなのだ」  突き刺さるような冷たい視線が向けられた。なんかコイツいちいちムカつくんだよなぁ……。  ここまで不快な態度を取られる覚えはない。  「さっきから聞いてりゃなんなのその態度!?なんで初対面でそんなに嫌そうにされなきゃいけないの。こっちだって来たくて来たわけじゃないし。大体、さっきから私のこと小娘、小娘って……。私は立派な大人よ!」  「何を言う。ちんちくりんではないか」  「なんですって……!」  私とガイコツはバチバチと睨み合う。  「騒がしいぞ、お前たち」  そう言って現れたのは、なんとも見目麗しい一人の男だった。艶やかな黒髪、異様に白い肌、長身で細身の体。そして何より目を引くのは、吸い込まれそうな漆黒の瞳。  身にまとっている服は決して華美な装飾などはなかったが、質の良い物らしく、そのシンプルさが、彼の美しさを何倍にも引き立たせていた。  しかし、彼の表情は氷のように冷たく凍り付いており、そこからは何の感情も読み取ることはできない。  「ハデス様、申し訳ございませんでした」  ガイコツは深々と頭を下げる。  「もうよい、下がれ。それと、ケルベロスの餌を頼む」  「ははっ。かしこまりました」  なるほど、彼がハデス様なんだな。
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