第2章:ヒールじゃなくなったんだからヒールは要らなくない?

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 結論から言うと、ダンスはそこそこそつなく進んだ。  というか、踊る相手の貴族男子連中が、慣れてるんだ、これが。  女性の身体のどこを支えて、どういう風にリードすれば、このクッソ動きづらい衣装をまとった貴婦人が、こけずに、よろめかずに、気絶せずに、笑顔を保って踊れるか。子供の頃からみっちり叩き込まれてるんだろうな。 「稀代の美少女と噂のアーリエルーヤ様と、こうしてご一緒できて、光栄です。貴女という星が瞬く瞳に、永遠に僕を閉じ込めていただきたい」  次々と踊る相手を変えて四人目の、ヘレヘレ辺境伯の息子が、わたしをリードしながら、至近距離で囁く。近い近い。そして流石の貴族オーラ。キラッキラした笑顔を向けてくる。眩しい眩しい。  でもね。 「わたし」は知ってるんだよ。  そうやって純粋培養でーすって顔して、背後には親の期待を背負っている事。その重みに押し潰されそうになりながら、必死にアーリエルーヤ(わたし)のご機嫌を取ろうとしている事。  お互い親に押しつけられて、苦労するね。  なーんて、流石にそれは「わたし」の事だったのであって、アーリエルーヤの姿では言えないから、自分の愛らしい笑みを精一杯咲かせて、彼の耳元で囁き返すのだ。 「ふふ。ダンスも褒め言葉もお上手ですこと。貴方の想いが本気でしたら、わたくしも次のお相手を考えなくて済むのに」  途端、至近距離のキラキラしていた表情が、輝きを失う。  すまない、少年。「わたし」は何にも知らないアーリエルーヤじゃないから、見た目だけで相手を決められないんだ。  あと思い出したんだけど、君と近づくと、アーリエルーヤは君を側近に迎える。わたしの破滅フラグがまた一つ立ってしまうんだ。ごめんね。  それにね、現実ではもうおばはんだったわたしにも、まだ夢があるんですよ。  結婚するなら、恋をしたいんですよ、ちゃんと。顔だけとか家柄がどうとかで決めるんじゃなくて。きちんと、「わたし」を理解して、「わたし」とお互いに全部を認め合えて、この人となら、喜びも悲しみも分かち合えると思う。そういう相手が良いの。  まあ、それを数少ない本当の友人に洩らしたら、『あんたは夢を見すぎてるのに隙も無い』って、溜息をつかれた訳ですが!  とにかく、フラグは容赦無く、確実に折っていかねばならない。  そっとヘレヘレ辺境伯のご子息の腕をほどき、次の相手を探し求めようと離れる。  その時。 「あっ」  周囲で踊っていた紳士淑女の内、さっきから視界の端でよたよたしていて危なっかしいなー、と薄々思っていた、アーリエルーヤより少し年上と思える女子が、完全にバランスを崩して。  わたしに向かって、倒れ込んできた。  どすん。  彼女とわたしはぶつかり、がつんと顔も打ち合わせ、もんどり打って倒れ込む。  尻餅をついた衝撃以外は、特に痛めたところは無さそうだ……と思ったところで、何だか鼻がじんじんするなあと、右手を当てる。と、ぬるっとした液体が指に触れる。  あ、これやったな?  そう気づいた時には、わたしの白いドレスに、赤い液体がぽたぽたと垂れ、次々と斑点を作っていった。
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