第2章:ヒールじゃなくなったんだからヒールは要らなくない?

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 演奏が止まった。同時に、誰も彼も踊るのを止めて、わたしたちを注視している。 「あ、ああ……!」  わたしにぶつかってきた女子は、わたしの鼻血を見て、大いに気が動転したようだ。 「お、お許しください、アーリエルーヤ様!」  がばりとわたしの前に平伏(ひれふ)して、がたがた全身を震わせながら両手を組み、目を見開いて、身体以上に震えた声を出す。 「とんでもなく恐れ多い事を! どうか、どうかお命だけは!」  は? 何で鼻血出ただけで命取るの?  呆気に取られるわたしの耳に、周囲の囁きが滑り込んできた。 「アーリエルーヤ様にお怪我をさせたぞ」 「帝国皇女様に恥をかかせるなんて」 「ああ、もうおしまいね、あの()」 「処刑されて、家は取り潰し。領地は没収だ」 「大体、まともに靴も履けないくせに、しゃしゃり出てきたのが悪かったのよ」  それを聞きながら、ぼんやりと理解し始める。  ああ、そうか。 「アーリエルーヤ」は、たった一言で、この娘を殺せる立場なんだ。  何だか初めて、アーリエルーヤ(わたし)が本当に、この国では皇帝の次に偉い人間なんだと思い知る。  だけど、それでいいの? 無礼を働かれたから首を斬る。それでは、『烈光の女帝』、悪人だったアーリエルーヤと、何にも変わらない。悪役女帝の道をひた走るだけだ。  いい訳ないじゃろ!  わたしは拳を握り締め、鼻血をぐっと拭い去ると、少女の前に膝をつき、下着で胸が締めつけられる息苦しさも構わずに身を屈める。 「足を見せてご覧なさい」  その言葉に、少女がびくっと身をすくませる。あーこれ、この場で足を斬られるとか思ってビビったな。  違うっての。と、「わたし」の口調でツッコミを入れそうになりながらも、「足を見せて」と彼女のドレスを少しだけめくり、やっぱり、と確信する。  あまりにもヒールの高い靴。私が今履いているのより高さがあるんじゃないだろうか。  そして足首は、転んだ拍子に捻ったのだろう。赤く腫れ始めている。 「わたし」に常識を語った女の嘲笑顔が脳裏を巡る。  うるせえお前は黙っとれ!!  わたしはきっと唇を引き結ぶと、少女の靴に手をかけ、少々乱暴に脱がせる。  そして、ヒール部分をむんずと掴んだかと思うと。  べきっ、と。  過去への恨みごと、渾身の力を込めてへし折った。
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