第2章:ヒールじゃなくなったんだからヒールは要らなくない?

7/7

123人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
 またも場に静寂が落ちる。その間に、わたしは彼女の靴を放り出し、自分の靴も脱ぐと、同じようにヒールをバキバキにする。  そして。 「お父様!」  良く通るアーリエルーヤの澄んだ声で、凍った空気を貫いた。 「わたくし、踊っていて思いましたの。女性ばかりが、このように動きづらい服や靴を強制されるのは、よろしくないのではなくて?」  失敗してはいけない。皇帝を怒らせないように慎重に言葉を選びながら、しかし確実にわたしの気持ちが届くように、先を続ける。 「踊りが上手い下手で家柄や人柄が決まる訳ではありませんわ。ましてやそれを笑いものにするなど、もってのほか! 今後は女性も身軽に過ごせる格好を解禁した方が、誰もが宴を楽しめると思いますの!」  視線の先で、椅子に座った皇帝は、銀の瞳を見開いて絶句している。さあ、どう出る「お父様」? 五年間溺愛した娘の主張に、どう反応する!?  皇帝は、肘掛けに置いた手をぷるぷる震わせた。  かと思うと。 「アーリエルーヤちゃーーーーーん!!」  がばりと席を立って、わたしに駆け寄り、ぎゅむむむむーっと抱き締めてきたのだ。 「怪我を負わせた相手を怒るでなく、気遣いまでするとは! 流石は我が愛娘! 儂の天使!!」  やばいやばい。お父様、下着が胸に食い込んでおります。本当に締まってます死ぬ死ぬ。  貴方はめっちゃ笑顔だけど、わたしは笑っている場合ではない。 「お前の言う通りだな。これからは、公式の場での女性の服装を改めさせよう。そうと決まれば明日、いや今夜にも、国中の服飾師に、衣装改造の触れを出さねばな!」 「う、嬉しゅうございますわ、お父様……!」  何とかその言葉を吐き出して、視線を横に転じる。処刑されない、とまだはっきりわかりきっていないのだろう。震えていた少女は、唖然と目を瞠ったまま、完全に固まっている。  安心しなよ。 「わたし」と同じ思いを、貴女にはさせないから。  上手く微笑めているだろうか。それだけを思ったまま、わたしは意識を手放した。  次に目が覚めた時は、そろそろ慣れてきた寝室のベッドの上で翌朝を迎えていた。  ヘメラが伝えてきたとこによると、皇帝は本当に昨夜の内に、国中の服飾師にお触れを出したらしい。曰く、今後はヒールの靴を廃止して、矯正下着も無し。もっと動きやすい服装を考えろ! と。  結果、数ヶ月後には、淑女の皆さんは、気絶したりずっと背筋を伸ばしていないといけないような服から解放されて、自由に踊れる格好を手に入れ。  アーリエルーヤ(わたし)は、パーティでの鮮烈な印象から、『烈光の皇女』の異名を戴いて、女性達にめちゃくちゃ感謝された。  ……うーん。  悪い意味でついた二つ名ではないけど、ちゃんとフラグ回避してるのか、これ?
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加