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第3章:君は居る、わたしはルーイ
わあああっ、と。
熱気に包まれた歓声が聴覚を塞ぐ。
わたしは皇帝と並んで、すり鉢状のコロシアムの貴賓席に座り、アリーナを見つめていた。
屈強な男達によって交わされる剣戟。飛び散るのは汗だけではない。赤いものも混じっている。
「目を逸らすのでないぞ、アーリエルーヤよ」
珍しくデレモードではない父皇帝が、腕組みして神妙な声でわたしに告げた。
「これが、帝国の抱える影なのだと、目に、耳に、心に刻むのだ」
事の始まりは、アーリエルーヤが十六歳になってしばらく経った頃。
「そろそろ、アーリエルーヤにも見せておいた方が良いかの」
最早どんな忙しい時でも愛娘と一緒に朝食を摂るようになった席で、皇帝が言ったのだ。
「いくらお前が天使や女神でも、皇帝になれば、綺麗事だけでは済まない事を」
いやわかってますよ、お父様。
どんだけ偉大と称される為政者の治世でも、その裏では、金とコネ、時には血が飛び交う。「向こう」で当たり前の事が、こっちの世界ではありませーんみんな善良でーすなんて事、ある訳ないっしょ。
とはとてもとても言えないので、純粋な皇女の顔をして、小首を傾げる。
娘が、何の話かわかっていない、と思ってくれたのだろう。皇帝は、ワッフルを切り分けていたフォークとナイフをテーブルに置いて、真っ直ぐにわたしを見つめた。
「国営のコロシアムへ視察に行こう、アーリエルーヤ。帝国の真実を見せようではないか」
あっヤバッ。
……って声に出なくて良かった。出たらそっちのがヤバい。
七歳で最初のフラグ回避して忘れてた! そうだ、十六歳の時に、アーリエルーヤはコロシアムへ行くんだ。自分の護衛に相応しい戦士を探しに。
「アーリエルーヤ」は八歳で皇帝になったけど、今回はまだ皇女のままだから、すっかりイベント回避できたもんだと思ってたわ!
あー……ヤバいなヤバいなどうしよう。
「わたし」は知ってるんだ。
その視察で、「アーリエルーヤ」は、女帝抹殺を狙う一派に暗殺者をけしかけられる。その魔の手から「アーリエルーヤ」を救って、一躍近衛騎士に引き抜かれた奴隷剣闘士がいるんだ。
『無』
名無しだったその少年に、アーリエルーヤはそんな無慈悲な名前を与えた。
『お前は「無きもの」だ。名も無く、意志も無く、ただわたくしの命に従い、わたくしに逆らう者を殺しなさい』
うん、言った。悪役女帝のアーリエルーヤはそう言った! はい「わたし」が書きましたッ!
ンアーどうしようー。コロシアムに行ってナダに会ったら、でっかい破滅フラグが立ってしまう。ナダはアーリエルーヤの言う通り、彼女の邪魔になる人間をことごとく消し、『聖女』ニィニナの前にも強敵として立ちはだかるんだから。
そして、最期まで「アーリエルーヤ」の剣であり盾である事を貫き、散ってゆくんだ。
あー、嫌です嫌です正直行きたくなーい。
でも、これで駄々こねたら、ここまで良好に保ってきた皇帝との仲が、一気に悪くなるだろうなー。
『次代の皇帝としての覚悟が無い』とかなんとか言われちゃうんだろうなー。
いや、前向きに考えるんだわたし。
これだけ「わたし」が書いた物語と違う時が流れてるんだから、変わっているかもしれない。ナダはいないかもしれない。暗殺未遂も起きない起きない。
うん。よし。前向きに行こう。
「大丈夫ですわ、お父様」
わたしはますます美貌を増した顔で、不敵に微笑んだ。
「いずれリバスタリエルを背負う者として、どのような事でも向き合ってみせましょう」
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