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第1章:何事も初めが肝心でしょう
「……様。アリエル様」
ああ、誰かが呼んでいる声がする。
だけど、それは誰? わたしの名前ではなくない?
というかなんだかめちゃくちゃ眠いから、放っておいて欲しい。人間、眠りをむさぼる時が一番幸せなのだ。
「もう、早く起きてくださいませ、アリエル様! アーリエルーヤ様!!」
ばさり、と。
毛布が剥ぎ取られて、ぬくぬくの世界から引き離されたわたしは、ゆるゆると目覚める事を余儀無くされた。
そして、異変に気づく。
わたしが寝ているのは、格安おんぼろアパートの万年床ではなかった。
ふっかふかの枕に布団。シーツは染みひとつ無いまばゆい白さ。
そっと視線をずらす。人が三人くらい一緒に眠れそうな、天蓋付きの大きなベッド。
「ふっ、ふああああああ!?」
変な声を出しながら飛び起きる。それに怯んだのは毛布を剥ぎ取った相手もだったらしい。
「んまあああ! アリエル様! リバスタリエル帝国の皇女様ともあろうお方が、何たる妙ちくりんな悲鳴をあげて起床されるのですか!?」
毛布を持ったまま唖然としているのは、ふくよかなほっぺと身体を持ち、茶色の髪を高い位置でおだんごにまとめた、メイドのような服を着た三十代の女性。
だが、驚いたのはわたしもだ。
「ヘ、ヘメラ……?」
呆然としながら女性の名を呼ぶ。
「はいそうですわよ、アリエル様。貴女様の乳母のヘメラです。おはようからおやすみまで、アリエル様の全てをお世話する、ヘメラ・シュヴァイツェンですわ」
……嘘じゃろ。
そこは声に出ないで良かった。彼女にこれ以上変な顔をされたくない。
たとえ今の状況が、わたしが思っている通りだとしても。
「さあさあアリエル様、早く身支度をなさってくださいな。朝食から皇帝陛下をお待たせしてはなりませぬ」
やや早口なヘメラに急き立てられて、のろのろと鏡の前に移動する。
自分の姿と向かい合う。なんとなくそうじゃないかと思っていたけれど、わたしは息を呑む。
烏の濡れ羽のような漆黒をした流れる髪。長い睫毛の下の金剛石のごとき銀色の瞳。人形のように整った顔立ち。
アーリエルーヤ・ミラ・リバスタリエル。
リバスタリエル帝国第一皇女の顔をしたわたしが、信じがたい、といった表情を浮かべて、鏡の中からこちらを凝視していた。
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