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わたしはカートを押しながら自室へ戻った。ヘメラが『そのような事はヘメラがいたします!』と必死に食い下がってきたのを、なんとかなだめすかして、これは自分の役目だと押し切ったのだ。
「イル、イルー」
室内をぐるりと見回しながら、二年前に手に入れた懐刀の名を呼ぶ。
「居るのでしょう? 出てきなさいな」
しばらく、無言しか返ってこない。
あれ? わたしの思い違いかな。いつもなら秒で出
「遅れました。申し訳ございません、ルーイ様」
「ひょっほほーーーーい!!」
ヤッバ。吃驚してすごい変な声出ちゃったわ。
ばっくばっく言う胸をおさえながら振り向けば、イルはわたしの背後に膝をつき、頭を下げてかしこまってる。
コロシアムで拾ってから、二年。
『自分で考えて行動しろ』と言った結果、イルは四六時中アーリエルーヤの身辺を影から見守るようになった。
それはまあいいんだけど、天井裏とか、壁の裏側とかに隠れていて、何かあると音も無く飛び出してくるもんだから、まーあ心臓に悪い悪い。変な悲鳴をあげたのは、一回や二回では済まないのである。
忍者か? 東方だけに君は忍者か? まあオンラインゲームで双剣士は忍者になるしな。なくはない。
いやっ! なくあるわ!!
「普通人が入り込めないような所で待機していなくて良いと、何度も言っているでしょう。わたくしの護衛筆頭なのだら、もっと堂々としていなさい」
「いえ」
腰に手を当てたしなめても、イルはゆるゆると首を横に振るばかり。
奴隷の姿から騎士服に着替えて、髪も整えて。この二年で美少年っぷりに更に磨きがかかった顔は、ほんっと見惚れちゃうなー。これが推しの声で喋ってるんだから、美の相乗効果でわたしの意識レベルがヤバい。
「天井裏にはネズミが潜んでいます。ルーイ様の部屋を汚さないように、始末しておきました」
ハーイそう言いながらまるまる太ったネズミ三匹の尻尾を掴んで皇女様の前に掲げてみせるのやめようねーーーーーッ!? 普通の女の子だったら卒倒してるぞ!
「見せなくて良いから早く片付けてきなさい」
「片付ける、ですか」
何とか平静を保って告げても、イルは小首を傾げるばかり。
「調理して食べようと思っていたのですが」
ハーイなんか聞いちゃいけない事聞こえた気がするぞーーーーーッ!? 普通の女の子じゃなくても怯むぞそれは!!
「大丈夫です」
わたしが絶句したのを、何か別の理由にとらえたのだろう。イルはネズミを見やりながら、ぼそりと呟く。
「俺はあらゆる毒が効かないように、故郷で耐性をつけられました。ネズミの菌程度にはやられません」
いやー……。そういう問題ではない気がするんだけど。
というか、「わたし」はそんな事を『セイクリッディアの花輪』には書かなかったな。「ナダ」が「イル」になった事で、細かい設定も変わってきているのか。
うん。ネズミにはビビったが、これは良い兆候なのだと思おう。
「ネズミより、もっと良い物を持ってきました。貴方はこちらを食しなさい」
気を取り直して、イルをテーブルへ導く。
「これはどうすれば良いでしょうか」
「窓から処分で構いません」
眉を八の字にして、手にしたままのネズミを見やる彼には、一言でばっさり切って捨ててやった。
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