123人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
イルを椅子に座らせて、目の前にシフォンケーキと、林檎の紅茶を、二人分展開する。
そして、彼の向かいにわたしも座って、フォークを手にするのだ。
「いただきます」
「……いただきます」
初めてお茶の席を一緒にした時、イルはめちゃくちゃ及び腰だった。
『俺はルーイ様と一緒に何かを食べられるような身分ではありません』
そう言って、天井裏に戻ろうとしたのを、いいから黙って座って食え、と、まあ言い方はアーリエルーヤらしくだけどほとんどそんなニュアンスで、無理矢理同席させた。
あの時は、マカロンだったな。一口かじったら目を白黒させて、その後は夢中で頬張ってたイルの姿は、実に微笑ましかった。
『こんなに美味いものは食べた事がありません』
なーんて褒められて。
わたしも、「わたし」の頃にお菓子でそんな褒め方された事無かったから、すんごい嬉しかった。推しの声した美少年にそんな事言われたら、そりゃあその後も張り切っちゃうわよ。
月に一回の、二人きりのお茶会。これが乙女ゲームとかだったら、あれだ、話題の選択肢が出てきて、間違えるとめっちゃ気まずい空気になって終了するやつだ。
でも、イルは素直というか純粋だから、そんな鬼仕様ではない。シフォンケーキをぱくつきながら、わたしが話す事を、ひとつひとつ丁寧に頷きながら聞いて、つまらないとも言わない。
……あー、いや。実際は面白くないのかな。表情変わらないからわからないんだよね。
「わたし」の話は面白くないって、さんざん「向こう」で言われたし。自信無いなー。
「ルーイ様」
知らず知らずのうちに、顎に手を当てて考え込んでしまっていた所に、イルが声をかけてきたおかげで、わたしは我に返る。
危ない危ない。また一人で勝手に病むところだった。
もうあいつらは関係無い! いじめ滅びろ! アーリエルーヤが皇帝になったら、城内のいじめいびりネグレクトセクハラパワハラモラハラ、あらゆるハラスメントを撲滅する! あんまりやりすぎると、回避したはずの『烈光の女帝』になっちゃうから気をつけねばだけど!
「林檎が、好きですか」
またすぐに一人の世界に入りそうだったが、イルの問いかけに、きょとんと目を瞬かせる。
あっそうか。「アーリエルーヤ」の好物だって料理長が用意してくれるから、いつもイルとのお茶会には林檎の紅茶を出してたわ。
「まあ、そうですね。ほかのお茶よりは」
特にほかに好きなフレーバーも思いつかないから、曖昧に答える。と、イルの口元がふっと緩んだ。
「俺の故郷にも、林檎の木がありました」
遙か遠くを懐かしむ瞳をして、彼はとつとつと語り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!