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「腹が空いた時には、木に登って、まだ熟し切っていない実を食べて。それでも、日々与えられる黴びたパンよりはずっとましでした」
「黴びたパン」
ンアー。何か嫌な思い出が蘇るぞ。
「わたし」の母親が、手作りにこだわるのにズボラな人で。炊飯器でパンを焼くのに凝った時、作る量と消費する量が釣り合わなくて、カピカピにさせたんだ。
『勿体無いからちゃんと食べなさい!』
そう言って口に押し込まれたパンが黴びてて、めちゃくちゃ腹を下して寝込んだ。ら。
『あたしのせいにする気なの!? ちゃんと気をつけなかったあんたが悪いんでしょう!!』
って、めちゃくちゃキレられた。
絶対に、自分の過失を認めない人だった。ほんっと、ああはなりたくないなーっていう、反面教師の鑑みたいな人だった。
「わたし」がいなくなって、両親はどうしてるんだろうね。
お荷物がいなくなったって、せいせいしてるのかなー。いきおくれた娘っていう枷が無くなって、離婚すらしてそうだなー。
ハッ、いかんいかん。また考え込んでたよ。イルの話を聞かなくては。慌てて顔を上げると。
「林檎は好きです」
イルが、表情を和らげて、笑った。
「ルーイ様と同じものが好きで、嬉しいです」
ハイーーーーーーッ!!
推しの声で微笑む美少年、プライスレス!!
そんな良い表情できるじゃん君! 全くの無感情だった「アーリエルーヤ」の懐刀「ナダ」とは全然違うぞ!
「わ、わたくしも」
ヤベェ。心拍数上がってる。絶対顔も赤くなってるこれ。今も黒髪に戻らない金髪をいじりながら、しどもど返す。
「貴方と同じものが好きだとわかって、嬉しいですよ」
それを聞いたイルが、ちょっと目を瞠った後、ふにゃりと相好を崩す。
またたまらん表情をするな君はーーーーーッ!?
って、ちょっとちょっとわたし。何やってんの。イルのわたしに対する好感度をアップする為のお茶会イベントなのに、何でわたしのイルに対する好感度上がってんの。
でもでもだって、物凄い可愛いだろ! 普段無表情で敵を斬り捨てる戦士がよ? 特定の女の子の前でだけ笑うんじゃぞ? ときめかない事あるか!?(反語)
……あっ。
そうか。
今、イルにときめいてるんだ、わたし。
イルの笑顔をもっと見たい。
その為にできる事は何でもしたい。
彼の好きなもの、好きな事、なんでもあげたい、させてあげたい。
彼が幸せになるなら、その幸せをもたらすのは、わたしでありたい。
そんな欲がぽこぽこ湧いて出る。
……やー……。
「向こう」での空っぽの人生三十数年に加えて、アーリエルーヤとしての人生十一年。足したら見事アラフィフにも届くでしょうっていう今になって、わたしだけを見てくれる男の子に、恋心を抱いてるんだ。
かつて『夢見すぎなのに隙が無い』って嘆かれたけど、恋しちゃってますよあの時の友よ。
「ルーイ様、大丈夫ですか。顔が赤いです。熱が出ましたか」
イルがテーブル越しに身を乗り出して、わたしの頬に触れてくる。近い近い。美少年が近い。そしてやっぱり顔赤いのバレてるな?
「だ、大丈夫ですわよ。窯の近くにいたから、暑くなったのでしょう」
「なら、良いのですが」
何とか取り繕って、苦笑を返せば、イルはほっと息をついて席に戻る。
あー、もうちょい長く間近で顔を見ていたかったな。
好感度アップイベントは、これ、成功したんだろうか。よくわからんな……。
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