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そう。いた。いたんだよ。
八歳の時、「アーリエルーヤ」が復讐の為に契約した、「悪魔」が。
ここまで出てこないから忘れてた!
ディアなんたらなんて、嘘っぱちの名前。悪魔は真名を持っている。「わたし」がそう書いた。
だけどその真名を、「わたし」は設定しなかった。というか、「アーリエルーヤ」だけが知っている、としか書かなかった。だから、今のわたしはこいつの真名を知らないんだ。
「どうした、アーリエルーヤ?」
父皇帝が気遣わしげに声をかけてきたので、はっと我に返る。
「顔色が悪いぞ。まさか、紅茶に毒でも盛られたのではあるまいな!? ディアヘイムダル! 早速そなたの力を」
「大丈夫です!」
皇帝がディア何某を振り仰ぐのを、精一杯の叫びで止める。だめだだめだ。こいつにミリでも借りを作ったら、つけ込まれる。何せ相手は悪魔。どんな代償を求めてくるやら。
「窯の近くにいたので、先程から少々熱っぽいのです。皇帝陛下の大切なお身体に万が一の事があってはなりませんから、わたくしは、これにて失礼いたします」
まずい。服の下めっちゃ汗かいてる。多分髪の毛も湿ってる。
動揺を皇帝に悟られないようにしながら、優雅に礼をして、部屋を出てゆく。
そして、廊下を歩いて、きょろきょろと周囲を見渡し、誰もいないと確認したところで、柱の陰で思いっ切り頭を抱えて屈み込んだ。
ンアーオイ!! 「わたし」のバカ!!!!!
何故悪魔の名前を自分で決めておかなかった!?
悪魔を使役するには、相手の真名を知らなくてはいけない。でもそれを知ってるのは「アーリエルーヤ」だけ。はいそうです。さっきも言ったねすいません。
多分皇帝も知らないだろうなー。悪魔だって気づいてない節まである。多分、知らない内に、『皇女殿下の為のまじない』とか何とか言って、変な契約結ばされてるぞあれ。
ヤバイ。
最大の破滅フラグの確立だ。
いやっ、考えろわたし! まだ猶予はある!
『聖女』ニィニナはまだ姿を見せていない。違う道を歩んでる可能性はある。つまり、あの悪魔を撃退する方法はどこかにある訳で。
「おや、皇女殿下がこんな場所でうずくまっておられるとは、ご気分でもお悪いですかな?」
「うんちょっとねー、これからの傾向と対策をってヒョーーーーーイ!!」
顔を上げれば、至近距離で蠱惑的な美貌が覗き込んでいる。吃驚してまた変な声出しちゃったよ!
皇帝の所にいるはずのディア何某もとい悪魔が、わたしに顔を近づけて、にやにや笑っていた。
「……ふうん」
悪魔はじろじろわたしの顔を眺めた後、歯を見せて笑う。犬歯の鋭さがあからさまに、人のそれではない。
「アーリエルーヤがいつまで経ってもオレを喚ばないから、変だとは思っていたが、なるほど、『お前』な訳か」
黒い瞳が細められる。美貌が近づいて、さらりと髪が頬に触れる。
どっくんどっくん。ときめきではない理由で心臓が高鳴るわたしの耳を噛み切りそうな位置で、そいつは。
「 」
「わたし」の、名前を呼んだ。
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