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わたしが何か言うより速く、短剣の煌めきが走った。
「おっと」
ディア何某が笑みを崩さないまま、わたしから距離を取って飛び退る。
「ルーイ様に、近づくな」
相手を鋭い眼差しで睨みつけて、油断無く双剣を構えているのは、イルだった。
それを認識しただけで、その場にヘナヘナ崩れ落ちそうになる。ああーこの子、あの日に宣言した通り、本当にアーリエルーヤの剣であり盾であろうとしてくれてるんだ。
「おやおや、護衛騎士殿がご挨拶ですね。私はこれから皇女殿下をお守りする者として、お近づきになろうとしていただけなのに」
ディア何某がヘラヘラ笑いながら肩をすくめる。
嘘つけ。お近づきどころか、あわよくばアーリエルーヤとも契約を結んで、自分に有利に立ち回ろうって魂胆じゃろが。
「ルーイ様を守るのは、俺だけで充分だ。他の誰にも、その役目を譲らない」
ウワッ。
イル、君は自我が薄いくせに、こういう時には自信満々に好感度爆上げしてくるね?
何か、嬉しくて泣きそうになるよ。心臓ばくばく言ってるよ。
でも、ごめんね。
ここは、わたしがやらなくちゃならないんだ。
「大丈夫です、イル」
彼の腕にそっと触れて、武器を下ろさせる。
「わたくしは、彼と話があります。今は退きなさい。そして、声の聞こえない場所からわたくしを見守っていなさい」
イルがわたしを見下ろして、目を真ん丸くした。それから、怒られた犬のようにしゅんとしょげる。
ああ、こんな表情もするようになったんだ、この子。感情豊かになったのは嬉しいけど、わたしが落ち込ませてるってのは、本当に申し訳ないな。
「お行きなさい」
「……はい」
まだ納得しきっていない返答ながらも、イルは短剣を鞘に仕舞う。
そして、いつものように、瞬きする間もあらばこそ、あっという間にその場から姿を消した。
……うーん。彼が特別とはいえ、人が一瞬で視界からいなくなる事ができる城内構造って、やばくないか? わたしが皇帝になったら、コロシアム以外にも直させる場所、沢山ありそうだぞ。
いや、今はそれよりも。
「これで今度こそやっと、二人きりだな」
ディア何某(めんどくさくなってきた)がわたしに向き直り、再びにやついてみせる。
あー、これだよ。
わたしは両手で顔を覆ってその場に崩れ落ち、腹の底から搾り出すようなめちゃくちゃ低い声を放った。
「ふじた……っ!」
「………………はい?」
鹿(ディアは鹿だからもうこれでいいや)が、目を点にして、実に間抜けな反応を示した。
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