123人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
はい。ド正直に白状しましょう。
「わたし」には、内村飛雄くんが推しになる前に、長年愛し続けた最推しがいました。
藤田啓次朗。
イケおじな主人公から、救いようの無い悪役、憎みきれないヴィラン、アットホームなパパまで。色んな役をこなしてみせる、イケボ声優だった。
だった、なのは、彼がもうこの世にいないから。
五十代という若さで、天国の門をくぐってしまったのだ。
いやーもう、その時の「わたし」の嘆きようはお察しください。訃報を知った夜は、缶カクテル五杯開けた勢いで友人に電話して、一晩中泣きながら彼がいかに名優だったかを語った。すまん、友。
翌日、部屋に神棚を作って写真を飾って、きっと彼に似合うだろうなって思ってた胡蝶蘭を買ってきて。三ヶ月欠かす事無く花瓶に挿す花を替え続けた。
その三ヶ月の間に、彼のメイン出演作のブルーレイをめっちゃ見ては、また酒に酔って友人に変な電話をした。ほんとごめん、友。
その藤田啓次朗の声を脳内CVにしていたのが、目の前のこの悪魔なのだ。
「いやーもう。ほんと。最推しの声で本名呼ばれるとか、心臓に悪いわ。一回死んだようなものだわわたしいや実際死んでるのか」
「いや、何言ってんだお前」
ああーいいね! 最愛声優と同じ声で目の前の美形が喋ってるよ! イルとはまた違う興奮に包まれますな!
ディア何某は覚えにくいし、鹿は流石に悪いから、いっそ呼び方を変えてしまおう。イルの時みたいに。
「あんたの事これからケージって呼ぶわ。ケージ。異論は聞きません」
「アッ!!」
藤田啓次朗の愛称を放った途端、鹿もといケージがぎょっと目を見開き、青ざめて後ずさった。
ん? 何だどうした? わたしは愛称をつけただけだぞ。
きょとんと目を瞠るわたしの前で、ケージがぱくぱく口を開閉させながら、こっちを指差してくる。
「おっ、お前! どうしてオレの真名を!?」
「……は?」
今度はわたしが眉をひそめて首を傾げる番だった。
事態が理解できない間に、ケージの姿がしゅるしゅると縮んで。
赤みを帯びた茶色い毛並みに、黒い目を持つネズミ……いや、これはモルモット? が、ちょこんとそこに二本足立ちして、途方に暮れているのであった。
最初のコメントを投稿しよう!