第4章:出たなフラグ確立魔!

11/11

123人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
「行きて帰りし物語」は異世界転移ものの定番だ。わたしはこの世界での何らかの役目を果たしたら、「向こう」に戻されるかもしれない。  ……うっ。あー……。  嫌だな。  どうせまたギャンギャン怒鳴られて、キモイって爪弾きにされて、夜道をとぼとぼ歩く、冴えない人生が続く羽目になる訳じゃろ?  それに。 「ルーイ様」 「ヘイ!」  おっと考え事してたからまた変な返事しちゃったよ。  振り返れば、イルがいつの間にか背後にかしこまっている。離れてろとは言ったけど、ケージの姿が変わったから、何か危機感覚えて来てくれたのか。その辺の判断を自分でできるところまで成長したんだな。 「そのネズミは」 「ああ、ネズミではなくてモルモットを見つけたので、わたくしのペットにします。ケージと呼びなさい」 「はい、ケージですね」  イルがケージを見下ろして、まるでわたしの意図をわかっているかのように、いつに無くはっきりと名前を呼ぶ。途端、ケージがモルモットにできうる限りの絶望顔で、「お前ーーーーーッ!!」と、声には出さずにわたしに訴えてきた。  フフン。真名を呼んだらもう逆らえないからね。これでこいつはイルにも手出しできない。  後は何だかんだ言い訳を繕って、父皇帝に鹿はいなくなりましたって言えば良い。念の為、皇帝だけじゃなくて、ヘメラとか、わたしに関わる周囲の人達には、ケージの名前を教えとこう。  わっるいなー! 全力フラグ回避の為とは言え、容赦無いなわたしー!  でも先に手を出してきた悪魔が悪いんじゃよー! 因果応報!!  それにしても。  わたしはいつの間にか隣に並んでいたイルを見上げる。  東方の民だからか、「わたし」とほとんど変わらない身長。だけど、アーリエルーヤが小さいから、少し見上げる形になる。  唇を引き結んだ横顔は相変わらず綺麗で、何を考えてるのかわからない無表情にさえも、ドキドキする。  このときめきも、「向こう」には持って帰れない。  イルは、アーリエルーヤ(わたし)の為に存在するのであって、「わたし」のものじゃない。  あ、痛いな、心臓。  胸が苦しいとかそんな初々しい表現じゃなくて、ダイレクトに心臓に来る。  痛みをおさえるように胸に右手を当てていると、左手に、ひんやりした感触が滑り込んだ。  ん? 左手?  左側にはイルしかいないのですが?  わたしは自分の左手を見下ろして、ぎょっと二度見してしまった。  イルの手が。  わたしの手を、ぎゅっと握り締めている。  はいはいはいなんだなんだどうした!?  今までこんな事、一度こっきりもしてこなかったぞこの子!?  どういう心境の変化だ!?  というか、何の思惑があってやってるんだこれ!?  ヤバイ。顔が近づいた時より確実にヤバイ。鼓動の音が耳の奥でめちゃくちゃ響いてる。イルにも聞こえてないかこれ?  手が冷たい人は心が温かい、とは昔からよく言われた事だけど。イルの手の温度はその低さが心地良くて、火照ったわたしの身体に、清水のように沁み渡ってゆく。 「……すみません」  視線を合わせないまま、彼が言う。 「まだ何かがいるかも知れません。今は、このままで」 「……ええ」  うなずいて、少しだけ、手に力を込める。 「あーもーお前らオレもいるぞー!」と言いたげに、ケージが大の字にひっくり返ったけれど。  今は。今だけは。  アーリエルーヤじゃなくて、わたしの為に、この手を離さないで欲しいと、わたしも願った。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加