第1章:何事も初めが肝心でしょう

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 何故わたしがアーリエルーヤの事を知っているのか? 話はそこから始まる。  わたしは彼女の事を良く知っている。だけど彼女はわたしの事を全く知らない。  何故ならば、アーリエルーヤは、わたしが「作った」人物なのだから。 『セイクリッディアの花輪』  わたしが「書いた」長編ファンタジー小説に出てくる人物である。  だけど、このアーリエルーヤ。問題がある。そりゃあもう、問題も問題、大問題である。  悪役なのだ。  金髪に銀の瞳の『光吟士(こうぎんし)』の家系である、大帝国リバスタリエルの第一皇女として生まれた彼女は、絶世の美女であったが、しかし、真っ黒な髪を持っていた。  それによって、父である皇帝に不義の子の疑いをかけられ、疑心暗鬼は増大して、七歳のある日に、父親に顔の半分を焼かれてしまう。  恨みに駆られた彼女は、悪魔と契約を結んで父を殺害。火傷の残る顔を仮面で隠して皇位についた後は、恐怖支配で民を抑圧し、『烈光(れっこう)の女帝』として、国内外に悪名を轟かせる。  そんな暴君を破ったのが、辺境に生まれた『聖女』ニィニナだ。  聖剣『セイクリッディア』を手にした彼女は、悪の女帝であるアーリエルーヤを激闘の末に下し、彼女と契約を結んでいた悪魔をも倒して、世界に平和を取り戻したのだ。  めでたし、めでたし、勧善懲悪の物語。  ……いや、めでたくねーわこれ!  何で自分が書いた話の登場人物になっているわけ!? しかも主人公じゃなくて悪役! しかもラスボスじゃなくて前座! 最高に盛り上がる前にぺちっと倒されて、ラスボス戦に忘れ去られる事請け合いの立場!  どうしてわたしがアーリエルーヤになっているのか。それはわからない。  だけど、今鏡に向かい合っているアーリエルーヤの顔は、既に美貌を兼ね備えながらもまだ幼く、火傷も負っていない。  つまり、彼女が復讐に堕ちる前の状態なのだ。  そしてわたしは、彼女がこの後どういう道を辿るか知っている。  破滅、したくないじゃん?  悪女として討たれたくないじゃん?  ならば、わたしが取る道は唯一つ。 「ヘメラ!」  わたしは乳母の名を呼んだ後、少々大袈裟にふらついてみせる。 「なんだかわたくし、熱があるようだわ。お父様とお食事をご一緒できないのは残念だけど、お忙しい皇帝陛下に万に一つでもご病気を伝染(うつ)したりしてはことだもの。今日はお休みさせていただきたいの」  アーリエルーヤならこう言うだろう、という言葉遣いで、父親を案じるような科白を吐く。何せわたしの考えた人物だ。アーリエルーヤ自身以上に、彼女を知っているだろう。  そして。 「んまああああ! それは大変!」  ヘメラは予想通り、両頬に手を当てて狼狽えてみせた。  この乳母が皇女に甘いのも、わたしが「設定」済みだから、よくよく承知している。 「すぐにベッドにお戻りくださいまし! 陛下にはわたくしから、アリエル様のご不調をよーくお伝えしておきますわ!」  幼い子供の腕力では逃れられない力で、背中をずいずい押されるままに、ベッドに戻る。横たわれば、引き剥がされた時とは打って変わって、丁寧に毛布がかぶせられる。 「それではアリエル様、今はお休みくださいませ。後で食べやすいものをお持ちいたしますわ」  ヘメラはそう言うと、恭しく一礼して部屋を出ていった。
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