断章:名も無き独白

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 帝国本国に連れてこられた俺は、幾人かの鬼子と共に、奴隷剣闘士としてコロシアムに放り込まれた。  武器は刃こぼれした短剣二振り。満足な防具も無いまま、観衆が見守る戦いに駆り出される。  とはいえ、やる事は一緒だった。目の前に立ちはだかる敵を倒し、生き残るだけ。  共に囚われた鬼子達は、気がつけばいなくなっていた。だが、幸か不幸か、俺は戦いの場に立てばいつも勝利を得て、その度に観衆の歓声を浴びた。 「お前はここの稼ぎ頭だ。簡単に死んでくれるなよ」  コロシアムの支配人はそう笑って、勝ちを重ねる程に、装備と飯が良くなっていった。「良い」と言っても、たかが知れていたが。  人生の自由を持つ権利が無いのは生まれた時から。『無銘』の俺は、何も考えずに、向かってくる相手を屠れば良い。  そう生きてきたのに。 「お父様! わたくし、彼をわたくしの護衛騎士に召し抱えたく思いますわ」  たまたま気づいて暗殺者の手から守ったその人は、俺を指差して、皇帝に宣言した。  何を言われているのかわからなかった。何をすればいいのかわからなかった。  俺は名前も意志も無い人間。人の命をこの手に抱えるのは重すぎる。  そんな俺に、その人は言った。 「これからは、自分で考えなさい。あまりにもまずかったら、わたくしが止めますから」  そして、『無銘』ではない名前をくれた。 「イル」  イル。  東方の言葉では複数の意味を持つ。  要る。  射る。  居る。  俺は、必要とされていますか。  俺は、貴女の敵を射て良いですか。  俺は、貴女の傍に居て良いんですか。  こんな気持ちは初めてで、胸がじんわりと熱くなった。  更にその人――アーリエルーヤ様は、特別な呼び方を自分で考えろと言った。  俺の意志で何かを考えるのは、生まれて初めてで、とてつもなく迷ったけれど、決めた。 「……ルーイ」  アーリエルーヤ様。いえ、ルーイ様。  貴女が俺を「要る」と言ってくれるなら、俺は貴女を似た名前で呼びましょう。  貴女の剣になり、盾になって、この命を懸けましょう。  思考を放棄してきた俺に、生まれて初めて、考えるという事を許してくれた、貴女の為に。
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