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第5章:聖女が国にやってくる
「ハアーイおはよう儂の天使ちゃーん! 今日も良い天気じゃぞー!!」
バアン!! と。寝室の扉が勢い良く開く。
皇帝陛下のお出ましが、ニワトリより良く効く目覚ましになる。ヘメラのツッコミが飛んでこないあたり、もう諦めたな?
「おはようございます、お父様。今日もお髭のカール具合が可愛らしい事」
のろのろ身を起こし、ゆるっと微笑めば、たちまち皇帝の顔もでれっと緩む。
「ほうほう、嬉しい事を言ってくれるの~! でも、アーリエルーヤの方が、百倍、いやっ、一億倍可愛いぞ!」
このやり取りを、多分イルはいつも天井裏あたりから見ているんだろうけど、いたたまれない気持ちにならんのだろうか。今度訊いてみるか。「いえ、特に何とも」と真顔でかわされそうな気もするが。
「おお、ケージも元気そうだな。朝ご飯をあげよう」
父皇帝は、テーブルの上に置かれた籠の中で格子に顔を押しつけ、ナントカカーのようにプイプイ鳴くケージに、にこにこ顔で近づくと、ペット用の草を差し出す。
『くっ、このクソオヤジ! 名前の呪縛さえ無ければ契約通りに操ってやオッうめえうめえ!!』
わたしにだけ聞こえる念話で負け惜しみを言おうとしたケージは、帝国の肥沃な土壌で育った餌の前に陥落した。お前も大概チョロいな。この国、チョロい連中の博覧会か。
『物語に憑く悪魔』の来訪という最大の危機を、最高のラッキーでかわしてから、半月が過ぎた。
わたしはケージの他に「わたし」の存在を知られる事無く、相変わらずアーリエルーヤとして生きている。
イルの態度も、元に戻った。彼の方から手を握るなんて、謎に満ちた大胆な行動をしてきたのに。次の日には相変わらずの無表情で、淡々とわたしの護衛をこなしている。
あれ以来、わたしは彼を見る度ドキドキしてしまうのに、あの子は何とも思ってないのだろうか。本当に、ただの護衛の一環だったのだろうか。
ずるい。
わたしだけをこんな気持ちにさせて、ずるいぞ。
その辺にいるんだろうなーという目測をつけて、天井を睨む。
「はいはい、それはそうと、アリエル様」
皇帝の惚気が一段落つくのを待っていたヘメラが、わたしの着替え一式を持ってくる。
六年前、『烈光の皇女』の一声によって改良された帝国女性のドレスは、軽い、着やすい、投げ出しても皺にならない。ズボラには最高の着心地である。
「早くお着替えください。さあさ、皇帝陛下はお部屋からお出になって。イルも今は余所へ行くのですよ」
一気に三人に指示を送るヘメラってば、いい加減この状況に慣れてきたな。イルに対して言う時は、わたしが目測をつけたのと大体同じ場所を見上げているから、彼女の勘も大したものだ。
しかし、いつもより綺麗めのドレスを持ち出してくるとは、一体どういう事だろうか。
「まったく、アリエル様。わたくしより先に記憶力が衰えるのは、早すぎましてよ」
事情が呑み込めていないわたしが首を捻ると、察したヘメラが腰に手を当てて胸を張った。
「ミナ・トリア王国のデュルケン王が見出した『聖女』ニィニナ殿が、本日我が国においでになると、陛下からお聞きしていませんの?」
……あ?
……はい?
……今なんつった?
『聖女』ニィニナ!?
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