第5章:聖女が国にやってくる

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「どうした、アーリエルーヤ? 気分が悪いか?」  わたしが額に手を当てて、視界がくらくらするのを治めていると、皇帝が不安げにわたしの方を向いて声をかけてくれる。  心配をかける訳にはいかない。笑顔を取り繕って、穏便に返す。 「大丈夫ですわ、お父様。ニィニナ殿の逞しさに、自分の非力を恥じただけです」 「なーにを言うかね儂の天使ちゃ」 「そんな事はございません!!」  皇帝の惚気をブッた斬って、ニィニナがよく通るみゆゆ声を張り上げた。 「私、アーリエルーヤ様のお話を聞いて育ちました! 弱冠十二歳にして忌憚ない意見を述べ、帝国の女性を救った『烈光の皇女』様のようになりたいと、心底憧れていたのです! だから、お会いできて大変光栄ハウッ!!」  目をきらっきらに輝かせ、マシンガンのようにまくし立てていたニィニナが、突然胸をおさえてうずくまった。  なんだなんだどうした? 最後のハウッが気になるぞ。 「も、申し訳ございません……」  ぜえぜえと息を整えながら、ニィニナが弁解する。 「故郷で肖像画を飾って毎日話しかけていた憧れのアーリエルーヤ様が、目の前で動いて喋っていらっしゃるのに興奮しすぎて、危うく心肺停止を起こしてしまうところでした」  あー、推しに会えた喜びで卒倒するアレだね?  つまりニィニナにとってアーリエルーヤ(わたし)は、「わたし」にとってのケージ(本物の方な)みたいに、神棚を作って祀りたくなるような存在だった訳だな。  だけど肖像画に毎日話しかけるって、相当な入れ込みっぷりだな。何話してたの? わたしの武勇伝、他の国にはやけに誇張されて伝わってるんじゃないのか? 「まあ、そう緊張なさらずに。貴女とわたくしは、そう歳も変わらないのだから、楽になさって」 「ああ、アーリエルーヤ様にそう言っていただけるとますます緊張しガッ!」  あっ、舌噛んだな。  というか何だこの子。ドジっ子属性のマッチョ女子なんて、生まれて初めて見たぞ。  何だか段々愉快になってきて、噴き出しそうになるのをこらえていると。 「ニナ」  ただ一言、ニィニナを呼んだだけで、その場の空気が一気に冷え込む。そんな声が放たれた。 「落ち着いてください。貴女の目的は、アーリエルーヤ皇女にお会いするだけではないはず」  途端。  ニィニナの表情が一気に凍りついた。碧の瞳が落ち着き無く揺れ、「は、はい」と震えた声が零れる。  そういや忘れてたな。ニィニナの隣に居るこのヒョロ男、誰だ? 「わたし」が書いた『セイクリッディアの花輪』では、ニィニナは『セイクリッディア』の力によって、一人で帝国兵数百を吹き飛ばし、反帝国の旗頭として破竹の勢いで進軍した。恋愛要素なんて考えてなくて、特に相手役とかも決めてなかったから、こんな男、いなかったぞ。 「皇帝陛下、皇女殿下、お願いがございます」  わたしが疑問に思っている間に、ニィニナは改めて頭を下げる。  そうして放たれた言葉に、わたしは絶句して固まってしまった。  曰く。 「私に、『エルフォリアの迷宮』を攻略するご許可を、お与えくださいませ」
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