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第6章:自分からフラグに挑んでみせましょう
「――お父様!!」
皇女に出来うる限りの全速力で廊下を駆け抜けたわたしは、父皇帝の寝室に飛び込んだ。我ながらめちゃくちゃ上ずった声が出てしまったが、気にしている場合じゃあない。
どうして?
皇帝の死は回避できたんじゃないの?
何で今ここでこの人が倒れるの?
一体全体フラグ管理どうなってんの!?
「アーリエルーヤ様、お気持ちはわかりますが、どうかお静かに」
皇帝を診ていた侍医が、小声で窘めてくる。
「やっと脈拍が落ち着かれたところです。動揺させるような事はなさらないよう」
えっ。脈拍って事は心臓系か。やたら元気そうな人だったのに、そんな病気が潜んでいたのか。
「お、おお、アーリエルーヤ……」
考え込みそうになったわたしの意識を、弱々しい皇帝の呼び声が現実に戻した。
何やってんですか。いつもチョロい親バカおじさんだった貴方が。そんな今にも死にそうな儚い笑顔をして。
泣きそうになって口をへの字に曲げると、皇帝は、侍医や周りの兵士達に言い渡した。
「アーリエルーヤと二人きりで話がしたい。人払いを」
皇帝の言葉には誰も逆らえない。誰もが不安そうな顔をしながら、部屋を出てゆく。
扉が閉まって、ベッドの上の皇帝と、立ち尽くすわたしの二人だけになると、皇帝がちょいちょいと手招きをした。
「おいで、儂の天使ちゃん。最近は、のんびり二人で話す暇も無かったの」
そう。
最近の皇帝陛下は公務がすごく多忙で、その合間を縫って、アーリエルーヤにデレッデレの朝の挨拶や、褒め言葉一杯の食事の同席をしてくれた。
そりゃ、過労にもなるわ。
のろのろとベッドに近づき、すとんと椅子に座り込むと、皇帝はにこっと笑って、サイドテーブルに置かれた紙切れをとんとん指で叩いた。
「山積みの議題の合間に、これを通すのに躍起になってな。無事に成立した途端に気が抜けたようじゃ」
わたしが見ても良いのか。視線で問いかけると、軽く頷き返されたので、用紙を手に取る。そして、表題を見ただけで、目を瞠ってしまった。
「皇族婚姻規制撤廃法……?」
「お前は帝国の法律をどこまで学んだかな? 早い話が、今まで皇族は貴族としか結婚できなかったのを、誰でも好きな相手を選べるようにしたんじゃ」
お、おう。フラグ回避に必死で帝王学は聞き流してたから、そんな法律があるなんて知らんかったわ。
しかしなんで今、それを撤廃するんだ? 首を捻ったわたしに、皇帝は優しく笑いかけた。
「これでお前はもういつでも、イルを夫にできるぞ」
どきん、と。
心臓が大きく脈打った。
えっ。あっ。ハイ。いや?
何でわたしがイルの事好きだってバレてんの?
黙り込んだのが、図星を指されていると伝わったのだろう。皇帝の口元の皺が深くなる。
「何年お前の父親をやっていると思ってるんじゃい。娘の想い人くらい、すーぐわかるわ」
ぎゅっ、と。
今度は心臓がつかまれたような痛みを覚える。
違うんです、お父様。
わたしは、「アーリエルーヤ」じゃない。
わたしは、貴方の大好きな「娘」じゃない。
本当は、貴方を「お父様」と呼ぶ資格も無い。
用紙を持つ手がぷるぷる震える。あっ、多分これ、今声出したら、声もすごい震えるな。
わかっていながら、もう、言うしか無いと覚悟を決める。
「……お父様、いえ、皇帝陛下」
あー……我ながら情けない声だなー……。
皇帝の顔を見られなくて、うつむき、くしゃりと用紙を握り込む。
「わたくしは、いえ、わたし、は」
「わかっとるよ」
……はい?
今なんて?
思わず顔を上げて視線を向けると、皇帝陛下は、いつに無く慈愛に満ちた笑みで、しっかりと告げた。
「わかっておったよ、『アーリエルーヤ』ではない『お前』」
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