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「……ぐおー……ずぴー……」
……は?
おい、何だこのいびき。わたしではないぞ。と言う事は。
「うーん……天使ちゃんマジ天使……ゴガガガガ……」
お父様ったらめちゃめちゃ気持ち良さそうに寝てるじゃねーかッ!!
安心したら疲労が一気に来て寝ちゃっただけかい!! しかも何か良い夢見てるみたいだし!?
本当にダメかと思って泣きそうになったわ!! この焦りと悲しみと涙はどこへ持っていけば良いんじゃ!!
「バーッカ。死ぬわきゃねえだろ。このおっさんあと四、五十年はピンピン生きるわ」
あっそうなの? 良かった。
「って、よかないわ!!」
わたしは一人ツッコミしながら振り向きざま、飛んできた声の方向に見当をつけて両手を伸ばす。案の定サイドテーブルに突っ立っていたケージがぎょっとすくみあがる所を捕まえて、ぎゅうぎゅう首を締め上げた。
「お前よくも! よくもお父様を!!」
「まっ、待て! ギブ、ギブ! あと勘違い! 濡れ衣!!」
本当は、籠を抜け出すなんて朝飯前だったのだろう。モルモットのケージが手足をじたばたさせながら、イケボで降参する。
これは本気で釈明の余地がありそうだな。そう判断したわたしが手の力を緩めると、「あー……マジお花畑見えた」と、ケージはぐったりして。
それから、不機嫌そうに目を細めた。
「お前なー。何でもオレ様のせいにしないでくれよ。このおっさんが倒れたのは本当にただの過労。オレ達悪魔は死神じゃあないんだから、そうほいほい魂取ったり出来るわけ無いだろが」
「は? そうなの?」
「ったりめーよ」
まだぶらんぶらん宙吊りの状態ながらも、ケージは腰に手を当て、ふんすと鼻を鳴らす。
「悔しいけどな、死神と悪魔はドーベルマンとマルチーズくらいの力の差があるんだよ。神の領域の行為にオレ達が手を出せば、永遠に地獄の釜で煮られるわ。そんな目に遭う危険なんか冒さねえよ」
ほーん……。悪魔でも怖いものがあるんだな。
でも、そうすると、話がおかしい。浴場でのニナの告白を思い出しながら、ケージを睨みつける。
「でもあんた、今度はニナに乗り換えたでしょ。ちゃんと本人から聞いたんだから」
そう。ニナは震える声でわたしに耳打ちした。
『私、悪魔に契約を結ばされているんです。力を貸す代わり、帝国に巣くう悪を滅ぼせ、って』
わたしにもたれかかる身体を、抱き締める腕を、恐怖に震わせながら、彼女は確かにそう言った。
わたしの知っている悪魔は、ケージしかいない。
こいつが、わたしの気づかない間に、どうやってニナに取り入ったのかはわからない。だけど、籠を抜け出せるくらいなんだから、あの鹿みたいな名前の人型に戻って、『聖女』に近づくのは、容易だったんじゃないだろうか。
「ハイお前の予想は間違ってます」
まるでわたしの思考を読んだかのように、ケージがびっとわたしを指差してきた。
うーん。こんな時に何だが、やっぱりこいつを誰かとコントさせて、帝国の金策にしたいぞ。そうするとA1グランプリじゃなくて、A2グランプリか?
そんなわたしの思案に、気づいているのかいないのか、ケージは一段低い真面目なケージ声で、「考えろ」と宣告してきた。
「今、『お前』の知らない登場人物がこの物語にいるな? それが『他からの介入』だとしたら?」
はじめ、何を言われているかわからなかった。
だけど、一ピースごとに、ばらばらだったパズルがはまってゆく。
ニナと契約を結んだ悪魔。
ケージではない『物語に憑く悪魔』。
「わたし」の知らない登場人物。
……ニナと一緒にいた、ヒョロ男。
「あいつが悪魔!?」
わたしは、すぐ横でお父様が幸せな夢を見ているのも忘れて、大声をあげてしまった。
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