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やがて迷宮は一本道になり、時を経ても尚白さを保つ壁に変わる。
あっ、まさにこの描写、「わたし」が書いたぞ。
「ニナ!」
わたしは思わず上ずった声をあげていた。
「この奥に、『ソロモンの火壺』があります!」
「はいっ、かしこまりました! フンヌオオオオオオオ!!」
突如ニナが身を屈めたかと思うと、雄叫びを迸らせ、筋肉モリモリの太腿を目一杯上げて、全力で駆けてゆく。速い速い。揺れる揺れる。わたし振り落とされそうなんですけど!?
がくがく首が振れるので、舌を噛まないように必死になるわたしを背負ったニナは、しかし『ソロモンの火壺』の納められた聖堂に踏み込んだ途端、ぴたりと足を止めた。
更には、細かく身体が震えるのが、わたしにも伝わってくる。
なんだどうした? ニナの肩越しに覗いたわたしは、息を呑んだ。
「おや。これはこれは。まさかお二人もここに辿り着くとは、思いもよりませんでしたよ」
嫌味な時のシノ声が鼓膜を叩く。
ニヤニヤ顔でこちらを向く、ヒョロ男の『物語に憑く悪魔』。その足元でへばっている赤髪の人物は……鹿某の姿のケージか。
そして、聖堂の奥の壁にかけられた、何も映し出さない銀の鑑。
『ソロモンの火壺』
壺と言いながら、その実は鏡の形をしているのである。
「本当は、僕だけがここに辿り着ければ良かったんですよねえ」
くるくる。くるくる。両手を広げてやけに楽しそうに回転しながら、嘲る声で『掟知らず』は歌うように宣う。
「『聖女』の名の下に悪魔を封じる策を求めて、リバスタリエルへ。皇帝の血をもって扉を開き。あとは」
チョンパ。首を斬る仕草をしてみせる。
「邪魔者が居なくなった所で悠々と、僕より下位の悪魔をどんどん召喚して、東の大陸を混乱に陥れるつもりだったんですがねえ」
直後。
『掟知らず』の姿がその場から消えたかと思うと、突然、浮遊感が訪れる。
気がついた時には視界が逆転して、わたしはニナの背中から引き剥がされ、『ソロモンの火壺』の前に投げ出されていた。
痛い。足を捻った時より痛い。そりゃ、受け身の取り方も知らない素人の上に不意打ちだったんだから、全身めちゃくちゃ痛い。
だけど、その痛みが引っ込む間も待ってもらえず、首根っこをつかまれて。
どん、と。
『ソロモンの火壺』の鏡面に身体を押しつけられた。
「予定は変わったけれど、まあ、良いでしょう」
『掟知らず』の顔が凶悪に歪む。
「『アーリエルーヤ』を依り代に悪魔を召喚する。それを『聖女』ニィニナが止める。根本的な筋書きは、変わらない」
「アリエルお姉様!」
「やっ、やめやがれ! このクズ野郎!」
ニナが、ケージまでもが、必死の形相で叫んでいる。それを嘲るかのように、わたしの首を締めつける『掟知らず』の手の力は強くなる。
ああ、ここまでなのかな。
諦めの雲が漂ってくる。
結局「アーリエルーヤ」は、破滅フラグを回避しきれずに、死んじゃうのかな。
必死になり続けた事、全部、全部、無駄だったのかな。
あー、最後にせめて、イルに会いたかったな。声だけでも聞きたかったな。
また飛雄くん声で、「ルーイ様」って呼んで欲しかったな。
目を閉じても、ぽろり、とまなじりから零れるものは止まらない。
「ルーイ様!!」
あー、マジで幻聴が聞こえるとは、いよいよお迎えが近いかな? しかもいつになく必死な声だぞ。贅沢な幻聴だな。
……って。ハイ!?
思わず、閉じていた目を開いたわたしの前で。
短剣の煌めきが走った。
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