第7章:物語はわたしが紡ぐ

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 しばらく、しーんと沈黙が落ちる。  フェレットって。鹿を名乗ったケージがモルモットだったのもアレだが、狐を名乗っておいてフェレットって何だ? 『物語に憑く悪魔』、小動物博覧会か?  わたしはイルの手を借りて起き上がり、『掟知らず』の前に立つ。 「……もしかして」  今、ニナが発した中で名前っぽい言葉と言ったら、これしか無い、と思う単語を口にする。 「あんたの真名、『シン』?」 「アーーーーーッ!!」  途端、フェレットがフェレットに出来うる限りの絶望顔で叫んだ。何でそんな所までケージと一緒なんだ。悪魔、根本的に性格が似てるのか? 声は大分違うが。  っていうか、待て待て待て待て!  偶然真名を言い当てるなんて事が、二回も起きて良いのか?  悪魔って、そんな単純なもんなのか!? 「オレ様達じゃなくて、話を作った奴が単純なんだろーがよ」  またわたしの思考を読んだかのように、ケージがツッコミを入れてきたので、振り返ってぎんと睨む。人型まで取ったのに何にも役に立たなかった奴は、目を真ん丸くしてすくみあがったかと思うと、明後日の方向を向き、すぴーひょろろーと下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。 「……やっとわかった、貴方の名前」  ニナが太い眉をハの字に垂れ、うるうると涙ぐむ。  そして、『掟知らず』改めシンの前にひざまずくと、両手で抱き締めるようにフェレットを包み込んだ。 「シン。大好きです、シン! 私と一緒に恋をしましょう! そしてつつましい家を建てて、暖かい家庭を作って、幸せに暮らしましょう! シン!」 「まっ待って待ってギブギブギブ! 締まってる締まってる!」  シンが泡を吹きながら手足をじたばたさせる。ニナとしては抱き締めただけのつもりだろうが、まあ何せ、この体格だからな。握力も凄まじいだろう。 「あっ、ごめんなさい! 嬉しくてつい!」 「嬉しくて絞め殺されたらシャレにならないの!」  ニナが慌てて手の力を緩めると、少年役の時のシノ声で、フェレットが文句をぶうぶう言う。 「大体何だよ。僕を見る度に震え上がってどもってたくせに、恋をしよう? 怖い相手と恋なんか出来るの?」 「あっこれはですね、貴方を前にすると嬉しい緊張のあまり震えが出てしまって。何を話したら貴方が喜んでくれるのかわからなくて、言葉も見つかりませんでした」  心肺停止、舌を噛む、に振戦とどもりが追加か。『聖女』、好きな相手と対面する時は大変だな。今後の人生やっていけるのだろうか。そう思ったけど、シンに対しては心臓に負担がかかったり舌を噛んだりしてないから、大丈夫なのかな。 「良かったなあ、シン?」 「ルーイ様の無事に免じて、今までの事は不問にする、シン」  フェレットの右側をケージが、左側をイルが挟んで、示し合わせたかのようにステレオで真名を呼ぶ。シンが目と口を開けて完全に固まっているが、ニナはそれに構わず笑顔で頬をすり寄せた。 『悪魔』に恋した『聖女』。バレたら大陸中が大騒ぎだが、まあ、ここに居合わせるわたし達が黙っていれば、真相は闇の中だ。それに、こんな嬉しそうな表情でシンに愛情を示すニナを、悲しませたくないじゃん? 「イル。ケージ」  苦笑しながら、ここであった事は他言無用ですよ、とくちびるの前に人差し指を立てようとした時。  視界の端で、ぼわっと赤い光が灯るのが見えた。  はっとして振り向けば、『ソロモンの火壺』が赤く輝き、何も映していなかった鏡面に、わたしの姿が映っている。  その、鏡の中のわたしが、にやっと笑って。 「ルーイ様!」  イルがわたしを呼んで手を伸ばすより先に、鏡の中のわたしが、わたしの腕をつかんで。  その後は、まっしろ。
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