10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「なあ、覚えてるか? 課長のパスワード」
第三課の執務室、そのすみっこに設置している共通パソコンを前に、四人の社員が唸っていた。
画面には小さなウインドウボックスがあり、IDとパスワードを要求している。
「くそう、よりによってなんでこのタイミングで」
「システム部の奴は、お役所すぎる」
「柔軟性がないですよね。ロボットかよってかんじ」
「愚痴っていても、開きませんよ」
唯一の女性社員が冷静に告げると、男たちはくちごもった。
そう。入力しないことには、始まらないのだ。
IDに関していえば社員番号が割り当てられているため、すぐにわかる。問題なのは、パスワードである。
通常時は入力情報が記憶されており、IDを入れた時点で自動で反映されるのだが、システムの更新が入ったせいでログイン情報がすべて飛んでしまったのだ。
本来ならば、本人以外はログインしないのだから無問題だが、どうしても課長権限でのシステム承認が必要な案件が出てしまった。
しかし課長は出張で不在。
場所がそこそこ遠いため、宿泊することになっている。戻ってこられないこともないが、日付を超えるだろう。
そして、承認は本日中でなければならないのである。
パスワードの初期化、という手もあるのだが、その手続きは課内のシステム担当を介して申請することになっており、三課における担当者は課長本人なのだから、どうしようもない。
そもそも、個人のパスワードを知っているほうがおかしいのであるが、三課ならではの諸事情ゆえだ。
少数精鋭――といえば聞こえはいいが、人員をかぎりなく絞っているため、承認権限を持つのが課長ひとり。その課長はといえばなにかと忙しく動き回っており、不在になることが多々ある。
仕事が進まない可能性を考えて、課長権限のシステムへのログインが黙認されている状態と化しており、男たちは課長からパスワードを聞いていたのだ。たしか。
しかし、自動でログインされるものだから入力することもなく、いまではすっかり記憶の彼方であった。
最初のコメントを投稿しよう!