最終話 それは、始まりのファンタジア

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最終話 それは、始まりのファンタジア

『生きて』  眩しい光の後、光の余韻と共に胸の奥で、スーっと【短命】も消えていく。  そして、私の目からは、大粒の雫が零れていた。 「リリィ?」「リリィ!」  エルフィンとライルの声が重なって聞こえる。  私は生きているのだ。  とても多くの人々の想いと願いを受け取り、生きている。  私は、あふれる涙を袖で拭い、 「ただいま」  と、笑顔で告げた。  その時だった。 『わぁぁぁぁぁ』  出陣を待っていた仲間たちが、戦士たちが、一斉に飛び出したのだ。  一階層、裏門と表門は開け放たれ、魔獣が突進する。  そして、生きる者達が、闇の軍勢とぶつかった。 「始まった。私も行くけど?」  と、私はライルとエルフィンに首を傾げた。  すると、二人は、 「「行くさ!」」  と、息ピッタリで答えた。  私は、二人を連れ、階段を駆け下りる。  途中、戦闘補助員の婦人方や、老人たちとすれ違った。 「陛下、お気をつけて!」 「うん!」 「私達の分もお願いします!」 「任せて!」 「「陛下!」」 「必ず、みんなで戻るから!」  みんなが私に声を掛けた。  私は、声を返しながら階段を駆け下りる。  そして、二階層まで降りた。 「二人とも、外に出る準備をしてきて」 「うん」「分かった」  と、ライルとエルフィンを準備に走らせ、その階層で静かに息を吐くミラの傍らに歩んだ。  背中に刺さった闇の剣を背に、ルアンに支えられながら、苦しそうに息を吐くミラに、 「ミラ、行ってくるね」  と、私は彼女の頬を撫でた。  すると、彼女は僅かに目を開け、小さく頷いた。 「サキ、ミラをお願いね」  傍らに立つサキに言うと、彼女は頷いた。  そして、 「陛下、貴女様に祝福を」  と、ルアンが目を閉じると、私の周りに光の粒子が舞った。 「ありがとう」  私は、二階層から凍った海に降りる橋に立ち、降り始めた。  そして直ぐに、ライルとエルフィンも後ろに着いた。  大乱戦となっている氷の上を、私達は真魔王(アポトーシス)に向けて歩く。  その時、巨人が私の前で手を振り上げた。  そして、振り下ろした巨人の手を、 『ドガァ』  と、大きな岩鎧熊(ロックベア)が受け止めた。  そして、岩鎧熊(ロックベア)の背を、鋭牙狼(シャープファング)達が駆け上がり、闇の巨人の喉元に喰らい付いた。 「有難う、みんな」  私は魔獣達に声を投げ、先に進む。  そんな中、闇を割ってシャロンが私の前にやって来た。  そして、シャロンは天に向け、 「ワオォォォォォン」  と、咆哮した。  すると、他の獣たちも、其々が(いなな)いた。  そして、群がって来る闇犬を、岩頭猪(ストーンヘッドボア)が突進で蹴散らし、私達の道を作ってくれている。  往く手を阻む闇を遮り、魔獣達が私の道を作って行く。  途中、闇犬に喰らい付かれた戦士を、白狼の一匹が闇犬を引きはがした。  そして、私に気が付いた戦士達や騎士達も、私の為に道を作り始めた。  そんな光景を目の当たりにしながら、私は真魔王(アポトーシス)に向かって歩く。  そして、真魔王(アポトーシス)の付近まで辿り着いた。  目の前では、ソニアと真魔王(アポトーシス)がぶつかっていた。  完全にユキトになった真魔王(アポトーシス)は、両手に闇色の剣を持ち、ソニアの光の剣を受け流している。  そして、カウンターで斬り上がる闇の剣が、僅かにソニアの頬を裂いた。  真魔王(アポトーシス)は前より早く、そして強くなっていた。  ソニアが圧されている。  希望の子達(ホープス)は、ソニアのタイマンを邪魔させないように、他の闇を退けるので、精一杯になっている。  最中、私はみんなに、 「お待たせ」  と、告げた。 「リリィ!」  と、ソニアは真魔王(アポトーシス)から距離を開け、私に視線だけを向けて声を上げた。 「陛下!」  闇を押し返しながらヴァルコも叫んだ。  ドゥーイやイルンも頷く。  エイルや、モユルさん達も駆け寄って来ると同時に火柱が立った。  サリーナの魔法が敵を焼いたのだ。  魔王と私達を包囲するように、戦士と騎士と、魔獣の群れが舞台を作っている。 「百合恵……やっと来てくれたんだね」  真魔王(アポトーシス)がユキトの声で言った。 「ごめんね、百合恵はもう、居ないんだ」  と、私は、シャロンの背を撫で、みんなを制して踏み出した。  私はまっすぐ真魔王(アポトーシス)に向かう。 「リリィ!」  ソニアが私の名を呼んだ。  私は頷き、 「大丈夫だよ。任せて?」  と、振り返り、微笑んで見せた。  皆が見守っているのが分かる。  そして、私は魔王の前に立った。 「百合恵じゃ、ないの?」  魔王は、私に、か細い声で問い掛けている。  まるで子供が泣き出す前のように。 「百合恵はね、貴方が好きだったよ。貴方が見せてくれた幻想が、本当に初恋だったんだ」 「もう、百合恵はいないの?」 「うん、もう居ない。だから終わりにしよ?」 「終わり?」  私は、真魔王(アポトーシス)に近寄り、息の届く距離で、無造作に彼の頬へと触れた。  そして、彼の腰に手を回し、そのまま抱き締めた。  その瞬間、私は魔王に()()()行く。  濃蜜を掻き混ぜるような重みを感じながら、私は暗い闇の世界を泳ぐ。 「寂しかったんでしょ?」  私の言霊が、空気の玉になって闇の中に漂っていく。 『うん』  と、何処からか、空気の玉が、ぼこりと現れて弾けた。 『痛くて、苦しくて、寂しかったんだ』 「そっか、今、行くからね」 『本当に?』 「本当だよ」 『助けてって何度も叫んだのに、みんな僕を虐めたんだ』 「もう、そんな事は起きないよ。ほら、見えて来た」  黒く深い闇の中に、私はユキトを見つけた。  やっと見つけた本当の十七歳の姿の()()だ。  すると、私の体から、ふわりと、十七歳の百合恵の姿が抜けだした。  そして、百合恵は、私を離れ幸人に抱き着いた。  私は、少し離れて幸人と百合恵を眺めている。 「百合恵、貴女の初恋は実ったかな?」  と、私は彼女の背に語り掛けると、彼女は肩越しに振り返り、そして微笑んでいた。 「さようなら幸人。さようなら百合恵」  これは、別れの言葉じゃない。  解放なのだ。  祝福のように、私は言の葉を紡ぎ出し、闇の中で贈った。  その瞬間、闇の世界に光が降り注ぎ、降り注ぐ面積が増えていく。 そして、足元に己の影刺すのみとなった。  そして、私は、 「クロートー、ラケシス、アトロポス」  と、順に名を呼んだ。  その時から、世界が白に染まって行く。  そして白い空間のテーブルセットに、三姉妹が座っていた。  顔立ちは似ているが、其々が個性的で、クロートーは小柄な少年のようで、アトロポスは大柄で逞しく見えた。  今までは、ラケシスの体だったのか。  それは何故? とも思ったが、神の事情を問うのは止めた。 「さぁ、どうぞ」  と、ラケシスが席を手のひらで指した。  私は頷き、席に腰を下ろした。  そして、三女神を眺めながら、微笑んだ。  三女神も微笑み、それから暫く無言が続いた。  そこから、なんの脈絡も無く、 「二人をよろしくお願いします」  と、私が口を開いた。  すると、ラケシスが頷いた。 「貴女の中から、百合恵は消え、百合恵は一つの精神として旅立ちます。貴女は、百合恵の記憶を失いますが、失った事は覚えているでしょう。そんな矛盾を抱えて生きていくのですね?」  本当に綺麗な女神だな。  と、ラケシスを見詰めてから、 「記憶を持って生まれ、長らく彼女を縛ってきましたが、やっと彼女を開放出来ました。少し寂しくは感じますけど、私は百合恵じゃなく、リリィですから」  と、私も頷いた。  すると、今度はクロートーが私を指差し、 「なぁ、お前は本当に地球に帰らないのか?」  と、首を傾げた。 「おい、クロ姉」  直ぐに、クロートーの向かいに座るアトロポスが口を挟んだ。 「だってさ、こんなに凄い娘だよ。今まで誰も出来なかった事をやったんだよ?」 「そうじゃねぇだろ。最後まで素直じゃねぇな。純粋に、リリィが好きだって言えばいいじゃねぇか」  仲がいいな。  と、微笑ましくて、眺めてしまっていたが、ふと思った。 「そうだ、アトロポス」 「あぁ、なんだい?」 「最後の質問してもいいですか?」 「()()()。いいぜ?」  目を伏せて笑うアトロポスを眺め、私は首を傾げ、 「また会う事は出来ますか?」  と、私は、アトロポスから順に三女神を見た。  するとアトロポスは鼻で笑った。 「関わりが切れちまってな。もう、分かってんだろ? お別れだってな」 「だって、言葉で聞かないと、また会えるかもって期待してしまうから」 「ねぇ、今からでも遅くないよ。地球に――」 「クロ姉」  と、突然クロートーが差し込んだ言葉は、アトロポスに遮られた。 「凄くお世話になって、本当に、ありがとうございました」  私は、立ち上がり、色々を思い出す。  そして、三女神に深く頭を下げた。 「ああ、それと、リリィ。最後に一つご報告させていただきますが、幸人と百合恵ですが、お二人は、これから貴女方と同じ世界に生まれるそうです」  と、ラケシスの言葉に、 「え?」  と、私が顔を上げると、彼女は微笑んでいた。 「もちろん、記憶は引き継がず、今度は運命の再会を願うそうです」 「はは、そっか、地球に戻らないのか」 「ふふ、貴方達の世界も美しいですからね」  ラケシスは、楽し気に()んでいた。 「もう、探すんじゃねぇぞ?」  と、アトロポスが私を指差し、そのまま親指を立てた。 「……。はい」  私は、肩を竦めてから頷いた。 「いっそ、この後は、神不在の世界で、お前が神になったらいいよ」  と、クロートーが座ったままそっぽを向いた。 「あーあ、クロ姉、また泣いてんのか?」 「泣いてないよ! お前はうるさいよ!」  二人の様子に私が笑うと、ラケシスも本当に楽し気に笑った。  そして一頻り笑い、 「では、さようならです。どうか、お元気で」  と、ラケシスは目を伏せた。 「いい世界作れよ?」  と、片目を瞑るアトロポス。 「無茶するんじゃないよ?」  クロートーは、振り返りの横顔。  緞帳が静かに降りて来る。  そして、私達の間を完全に遮った。  そして、私は、目を開く。  すると抱き締めていた感覚だけを残し、魔王は跡形も無く消えていた。  見渡せば私を見守る人々と、獣達。  そして、その傍から巨人も闇犬も、闇の眷属がボッっと霧散していく。  青い月の浮かぶ天空は二つに割れ、その間から太陽が顔を覗かせた。  真魔大災害(アポカリプシス)が、今、終わりを告げたのだ。  私は、ふと地面に転がった赤い玉を見つけ、そして拾い上げた。  最後に残った【ねじれ】の結晶だ。  その時、 「リリィ!!」  と、私を呼ぶ元気な声がする。 「ミラ!!」  私は、振り返った瞬間、駆け出していた。 「ほら、みんなも! 直ぐに氷が解けるよ? ここは灼熱のガダ地方なんだから!」  そう、私は肩越しに声を投げると、みんなも走り出した。  照りつける太陽に、私もケープを脱いで思いっ切り走った。  そして、ミラの元へと。 「その結晶はどうするの?」 「うん、受け入れようと思う」 「受け入れる?」 「【ねじれ】ってね、言葉の通り、ひっくり返って見える裏側みたいなものだから、本来は誰にだってあるんだ。ふとした瞬間に見えてしまう事だって当然あるんだよ」 「だから、それも、自分の一部だって認めるのね?」 「うん、でも、溜まり過ぎると爆発する時もあるからさ」 「その時は?」 「その時はね――」  この世界は、リリウムと名付けられたんだ。  それから私の王様生活はもう少しだけ続いて、適当な所で有望な若者に後を譲ってね。  そして、私はミラと一緒にギルドの街に戻って、本屋を開いて残りの余生を楽しく過ごしたんだ。  世界が元通りになる事は無かったけど、新たな形に収まって、そして変化していったよ。  人の営みが世界を変え、人は変化と共にどんどん増えて行ったんだ。  そしてこの世界は、数千年の間に、それはもう目まぐるしく変化していったよ。  獣の中から、人の姿に近付いた者も現れ始め、人自体もどんどん変化していった。  魔法も色々と進化してさ、昔、本で読んだような魔導士が出て来たんだ。  かっこいい詠唱とかもバンバン決めちゃってさ。  地位や権力、強さや豊かさ、宗教や災害や、色々が問題で、時には戦争も起こったけど、それも広義的な人の業なんだと思う。  業を背負って人は、すべての生き物は生きていくんだ。  だけど、それらを乗り越えて、世界は進んで行くんだ。  あ、そうそう、この世界では、魔王の意味が少し変わってね。 「魔王様、どうかした?」 「ううん、ちょっと昔の事、思い出してたんだ」 「そう。みんな集まってるわよ」 「今行くよ」 「あ、そうだ。リリィ、お誕生日おめでとう」 「あはは、ミラはよく覚えてるよね」  実はね、今でも、たまに爆発した【ねじれ】と、人知れず戦って居たりする。  希望の外側(イレギュラー)と言われた私達と、 「希望の子達(ホープス)、全員集まったよ」 「希望の因子(ファクターズ)もね」  今でも、大切な仲間たちと一緒にね。  どうやってここに至ったか、紆余曲折あったけど、それはまた別のお話しと言う事で。  これは、リリウムと言う世界の、始まりの物語だったんだ。 【ネガティブステータス【短命】を選んだ私の人生。】  Thank you for reading! f90a7d0a-25c1-4e6e-b8e3-9a9369d2ea67
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