第04話 ロックスの遺産

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第04話 ロックスの遺産

「こらぁ百合恵、いつまで寝てるの?」  ママの呼ぶ声がする。  あれ、今日学校だったっけ? でもまだ眠いよ。 「ほら、百合恵。パパが学校まで送ってやるから、起きなさい」  そんな優しいパパの声。  仕方ないなぁ、起きるよ。  と思った瞬間、私はリビングにいた。  綺麗な赤毛のママは、朝ご飯を作っている。  逞しいパパは、ネクタイを締めながら、姿見を覗き込んでいる。 「ほら、ご飯早く食べなさい。幸人君が来ちゃうわよ」 「なんだ、迎えが来るのか。じゃぁパパはお邪魔だな」  私は、この辺りで気が付いた。  これは夢だ。  百合恵だった頃のママは赤毛じゃないし、パパだってロックスじゃない。  違うのは分かるけど、前世のパパとママはどんな顔してたっけ。  そして、また景色が変わって、百合恵だった頃の私は雪原に立っている。 「悪く思わないでくださいね」  鷲鼻のハンスが言った。  また直ぐに景色が変わり、 「ロックスは死んだよ」  言って、男性の後ろ姿が去って行く。 「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!!」  何度も聞きたくない。だから、私は叫んだ。  と、そこで目が覚めた。  慣れない所で寝たせいで、随分酷い夢を見た。  おかげで、真新しい洋服の襟が、涙でびっしょり濡れていた。  私は、涙を袖で拭い、立ち上がった。  私は八歳になった。そしてその夜、教会を脱走した。  貯めておいた銅貨から、前もって洋服と地図を買っておいた。  おかげで、残りは銅貨5枚に成ったけど、それは問題じゃない。  今日の所は、街はずれの廃屋で夜を明かし、朝になったら隣街までオジさんの残した遺産を受け取りに行く。  もう、孤児院には帰るつもりは無い。  どうせ教会のシスターも、私を探すふりだけして、直ぐに諦めるだろう。  むしろ口減らしぐらいに思うかもしれない。  そして、私は背中に木剣を背負い、朝日を浴びながら、暫く過ごしたこの街に別れを告げた。  小川に沿って続く並木の街道を歩きながら、此処をオジさんが歩いて来たのかと思うと、また涙が溢れそうになった。  もう二年以上経ったのに、思い出は私の深い所で絡みついたままだ。  でも、それでいいんだ。  私は、オジさんを、思い出の中で連れて行くのだ。  途中、何度か休憩を挟み、お腹が空いたら、最後の夕食で残して置いたパンを食べる。  それから丘を登り、そして下り、森を抜けて大きな石橋を渡る。  そして、やっと街が見えた。  朝早く出たはずなのに、着く頃には夕暮れ時になっていた。  地図の上では近く見えたのに、子供の足ではきっとこれが限界。  街に着いたら、まずは冒険者ギルドという場所を探さなくてはいけない。  受け取りの手続きが必要だからだ。  私は、街の中へと続く道を歩いて行くと、入り口に有る大きな石の門で呼び止められた。 「おい、お嬢ちゃん、ひとりかい?」  当然だ。こんな子供が街の外から歩いて来れば、誰だって不審に思う。  私は、大事にしまっておいた封筒を取り出し、 「遺品の受け取りに来ました」  と、差し出した。  門番は、封筒を手に取ると、押された印を見遣り、 「そうか、お気の毒に。ギルドなら、このまま真っすぐ行った突き当りだ」  と、気を使って場所まで教えてくれた。  私は、封筒を受け取ると、会釈をして門を潜った。  遺品を取りに来るなんて、良くある事なのだろう。簡単に通してくれた。  門番は、私が気丈な感じで耐えてる、とでも思ったのかな?   だとしたら違うよ。  私は、二年以上恨んでいるし、呪っている。  向ける先が分からないから、世界を呪っているんだ。  それから私は、真っすぐギルドに向かう。  途中、見える街の景色は、私が住んでいた孤児院の街とは随分違った。  露店商の多かった前の街と違い、ここは宿屋にパブや食堂が立ち並んでいる。  大通りから横の路地に目を向けると、露出の高い女性もいる。あそこは、()()()()店なんだろう。  美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐるけど、無い袖は振れない。  誘惑を振り切り、ギルドの前までやって来た。  正面の大きな扉を抜けると、直ぐにガヤガヤと喧騒が飛び込んで来た。  ギルド内は、大きなホールだった。正面にカウンターが有り、沢山の机と椅子が有って、色んな人がどんちゃん騒ぎをしている。  よく見れば、両サイドにもカウンターが有り片方は老婆が、もう片方はバーテン風の女性が立っていた。  私は真っすぐ中央のカウンターに向かって歩く。  と、時間の所為なのか、妙に注目を浴びている様子だった。  私は目を合わせない様にカウンターまで進むと、私の胸より少し高い位置にある天板の上に封筒を置く。  そのカウンターには、ふわっとした帽子をかぶった浅黒い肌の女性が受付をしていた。 「受け取りの確認ですね。あぁ、ロックスさんの……」  カウンターの女性は、封筒から手紙を出すと、其れを開いてから顔を曇らせていた。 「あの、……何か問題でも?」  私が問い掛けると、女性は首を横に振った。 「ごめんなさいね。ここのカウンターじゃ貴女には少し高いから、此方にいらっしゃい」  と、横のローテーブルとソファーに移動して手招きした。  私がソファーに腰掛けると、女性は私に掌を向け、 「ちょっと待っててね」  と、カウンターの奥の扉を潜って行った。  その間、私は辺りを見渡した。そうやら私に視線が集まっている様子だった。  落ち着かない感じで、待って居ると、 「おい、お嬢ちゃん。ロックスの隠し子か?」  と、背後から問い掛けられた。  私が振り返ると、其処にはスキンヘッドの大柄な男性が立っていた。  私は、少し考えてから、首を横に振ると、男性は私の顔に顔を近づけ、 「怪しいな、さては財産目当てだろ。証書をどこで手に入れた?」  と、私の胸倉を掴んで、簡単に持ち上げた。 「あ、あの、違い、ます、オジさんは恩人で……」  凄く怖くて、私は上ずった声で言ったけど、苦しいし上手く説明も出来なかった。 「証人は俺だ、バカヤロウ」  怒号に似た声が響き、ローブの男性が近寄って来たかと思ったら、 『ドゴォ』  スキンヘッドの男性を蹴り飛ばした。  瞬間、男性のフードが翻り、私の体がふわっと浮いて、ローブの男性に抱きかかえられていた。  私が見上げると、そのローブの男性は燃える様な赤い髪をしていた。 「モユルの兄貴っ」  誰かが言った。  壁まで転がったスキンヘッドの男性は、壁に寄り掛かる様に立ち上がる。  ローブの男性はスキンヘッドの男性を睨み付けていた。 「大の大人がみっともねぇ。ガキをイジメてんじゃねぇぞ、バカヤロウが」 「悪かったよ。モユルが証人だってんなら、俺は文句ねぇよ」  おずおずと言った様子で席へと戻って行った。 「あの、ありがとう……ございます」  私が抱えられたまま見上げて言うと、男性は私をゆっくり下ろすと、 「相変わらず小ぃせぇなぁ、名無し」  気だるそうな口ぶりで言った。  その言い方と雰囲気で私は思い出した。  あの時の、手紙を持ってきてくれた人だ。  そこへ受付の女性が、木箱を抱えて戻って来た。 「あら、モユルさん。立ち合いに来てくれたの?」 「あぁ、丁度見かけたんでな」  モユルさんが、私の背中をトンと押した。 「あ、はい」  私は、またソファーに腰掛ける。  それから、正面に受付の女性が座り、私の横にモユルさんが座る。 「改めて、私はエミリ・オース。このギルドのオーナーよ」  と、女性が木箱の蓋を開けた。 「あの、それは、一番偉い人って事でしょうか?」  私は、改めて女性の顔を眺めていた。 「私もね、受け継いだのよ。はい、じゃぁこれと、これ」  私も、という事は、ギルドが遺品だったという意味で肯定したのだろうか。  考えていると箱の中からテーブルの上に銀色の鍵と、掌に乗る程度の小袋が置かれた。  私が首を傾げていると、横からモユルさんが銀の鍵を掴む。 「ロックスが買った家の鍵だ。子供を引き取るってんで、暖炉やらキッチンやら、えらい金をぶち込んでてな。あとは、子供が成長しても寝れるようにって立派なベッドを買うって言ってたんだぜ」  それから、モユルさんは、私に鍵を差し出した。  私はそのカギを両手で受け取ると、とても重く感じた。  オジさんは、私のために死んだんだ。  口には出さないけど、だから目から思いがけず零れてしまった。  私は、両手で鍵を持ったまま、目を覆って泣いた。  振り払う事の出来ない悲しみは、思い出と直結していて涙腺からはあふれ続けた。  その間、モユルさんもエミリさんも黙って待ってくれていたようだった。 「ぐすっ、もう、大丈夫です。ごめんなさい」  随分と待たせてしまった。  私は、鼻を啜りながら、二人に向かって順に頭を下げた。  それからエミリさんは、小袋を手に取り、 「これは、ロックスさんの積立金」  私の手のひらへ、鍵の上に乗せた。  私が、小袋の口を開くと、中には金貨が三枚入っていた。  初めて見る金貨だ。  それから、エミリさんは木箱の蓋を閉める。 「私は、これで」  と、カウンターへと戻って行った。  モユルさんは、私を見下ろしている。 「大金だからよ。無くすんじゃねぇぞ」 「はい」  私が小袋をぎゅっと握ると、モユルさんはやっぱり私を眺めている。 「あの?」  私は首を傾げながら問い掛けると、モユルさんは首を横に振った。 「いや、何でもねぇよ。それより、今日の所は宿にでも泊まれよ。んで家には、明日案内するぜ」  私は、少しだけ考えた。そしたら居ても立ってもいられなくなった。 「あの、家は遠いのでしょうか?」 「いや、そうでもねぇが、二年以上放置されたんだ。掃除しなくちゃ寝られねぇぞ?」 「それでも、行きたいと言ったら連れて行ってくれますか?」  モユルさんは肩を竦め、立ち上がる。  その様子に、ダメなのかな。と肩を落とすと、 「どうした? 掃除道具買わなくちゃ行けねぇから、さっさと動くぞ」  親指で、出口を指示していた。 「……はい!」  私も立ち上がると、先に歩き出したモユルさんの後を追った。  それからモユルさんは、箒やらバケツやら買うと小脇に抱えて歩いて行く。 「あの、持ちます」  私が声を掛けると、モユルさんは一度立ち止まって振り返った。 「あぁ、それとよ、ガキが大人ぶって喋んな。ガキはガキらしく、憎ったらしい感じで喋ってりゃいいんだよ」  と、私に箒を一本渡して、また歩き出した。  そして途中、屋台で肉饅頭を買うと、何も言わず差し出した。 「え、」  私が首を傾げると、モユルさんは面倒な感じで、 「ほら」  と、私に押し付け、先に歩きだしてしまった。  正直言うとお腹ペコペコだった。 「ありがとう!」  お礼を言うと、モユルさんはそっけない感じで 「おう」  背中を向けたまま返事をした。  それから私は、箒を小脇に、肉饅頭を思いっきり頬張った。  するとそれは今まで食べた中で一番おいしくて、背中を追い掛けながらも、夢中になって食べてしまった。  しばらく歩くと、街から少し外れた場所に小さな庭のある家があった。  庭には、もう雑草が一杯だったが、石を積んだ花壇には、白い花が咲いていた。  モユルさんは、玄関先に掃除道具を下ろすと、 「じゃぁな」  と、背を向けた。 「あの、寄って行きませんか?」  私が問い掛けると、モユルさんは肩越しに振り返った。 「水入らずの邪魔はしねぇよ」  そう言って、モユルさんは去って行った。  どう言う意味だろう? と思った瞬間、私の頬に大粒の涙が伝っていった。  私は、あの花壇の花を見て、また涙を零していたのだ。 「貴方に神の祝福が有りますように」  私は呟く。 『お前さんがいる事が、俺にとっての祝福だな』  と、笑いながら、鎧の隙間に白い花を挿したオジさんがいる気がして、私は結局朝まで泣きはらしていた。  
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