第06話 リリウム・リリィ

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第06話 リリウム・リリィ

 幸人を探すにしても、今のままでは生きて行くのも危うい。  幸いオジさんのお陰で家はあるのだから、此処を基盤に何か仕事をしようと思う。  では、何ができるだろう?  私は、カーテンの隙間から入り込む朝日を無視して、ベッドに寝そべったまま考え込んでいた。  この街は冒険者や出稼ぎの人が多く、前の街の様に花売りは向いていない。  そもそも、花売りは教会の近所だから成立していただけだ。  私は枕元に置いた焼き菓子を手に取り、寝たまま口に運ぶ。  少し湿気ってしまっていたが、これはこれで美味しい。  さらに枕元に置いた皮袋水筒から、寝たまま水を飲む。  オジさんが見たら何て言うだろう。ごめんね。  私は昔からこうだ。生活空間をまとめる癖がある。  前もって手の届く範囲に色々置いて、予定の無い休日は大体ベッドで過ごす。  孤児院ではそんな事一切出来なかったが、今は違う。一人の空間がある。  ただ、完全な一人だから、家事も全部自分でやらなくてはいけない。  だから、ずっと寝てるという訳には行かないのも分かってる。  だけど、取りあえず考え事の間はゴロゴロしたいのだ。  とは言え、この状態で本でもあれば、一日を自堕落に過ごす自信はある。 「あ、そうだ、本を買いに行こう」  無意識に声に出た。  うん、これは良い思い付きだ。  私は、ベッドから体を起こすと、残りの焼き菓子を口に突っ込んだ。  私は、オジさんが残してくれた小袋を無くさないようにペンダントと一緒に首から提げた。  一番の目標は本を買う事。それも今後に役立つような本。  あとは生活に必要な物の買い出し。  それと、着替えか寝間着を買わないと、今の服が洗濯も出来ない。  私は、街はずれの我が家から、ギルドの有る中央通りに向かった。  そして、一瞬で希望が打ち砕かれた。 「金貨10枚……」  書店を見つけ、中を覗いて漏れた私の第一声。  私の想像した書店では無かった。  中央のテーブルに、盗難防止なのか専用の金具で固定された本が6冊。  一番端に有る本で金貨10枚。中央の二冊に至っては、金貨50枚と書いてある。  ニコニコ顔の店主に、冷や汗を垂らしながら愛想笑いを向けて、次のターンで背を向けた私。  大体の感覚だけど、金貨は前世のお金で換算すると10万円程の価値があるから、あの本は100万円の価値があるという事なんだろう。無理だ。  むしろ、金貨一枚だったとしても、全財産の三分の一。無理だ。  私は商店街を歩きながら木札を眺める。  認識が甘すぎた。孤児院のあった街と物価が随分違う。  オジさんは何故、隣町に毛皮を売りに来ていたのか。  それは、計算が苦手な人でも分かる程に物価が違うからだ。  前の街では、私は木札を見ることで記憶して、大体物の相場が分かった。  だけど、お金そのものの価値を考えてなかった。  銀貨がどの程度の労働で手に入るのか、金貨三枚を溜めるのに、一体どれほどの苦労があったのか……。  自分が本当に情けなく思えた。  前世だって、きっとお金の価値が分からないガキだったんだ。  改めなければいけない。  私は、服の上から小袋を押さえる。  そして、これはオジさんの努力の結晶なんだ。と改めて認識する。  働かなきゃ。お金の重みを知るんだ。  私は、駆けるようにギルドへ向かった。  私がギルドの扉を押したのは、太陽が真上から少し傾いたころだった。  この時間帯は、昨日と同じく人は疎らで、エミリさんと直ぐに目があった。 「あら、いらっしゃい。今日はどうしたの?」 「こんにちは。あの、私、仕事を探そうと思って」 「あら、冒険者に成るの?」 「なっても、いいんですか?」 「ええ、いいわよ。冒険者に年齢制限はないもの」  意外な言葉だった。  エミリさんは、カウンターから私を手招きしている。  私が招かれるままカウンターの前に立つと、エミリさんは紙を差し出した。 「文字は大丈夫だったわよね?」 「はい、書けます」 「じゃぁ、此処に必要事項を明記してくれるかしら? 分からない所が有ったら聞いてね」 「はい」  私は紙を受け取り、カウンターに一番近いテーブル席に腰かけた。  必要事項は、現在の適性と、住所。そして、死亡時の遺品受け取り人と、その住所。  私は、その欄を暫く眺めていた。  するとエミリさんが傍らに立った。 「ロックスさんはね、そこにあなたの特徴と、待ち合わせ場所を記入してたのよ」 「そうなんですね……」 「無記入でも大丈夫よ。そう言う人が出来たら書けばいいの」 「分かりました」  せっかく落ち着いていたのに、私はまた泣きそうになる。 「年齢制限は無いけど、貴女が最年少ね」  と、私の肩に手を置いた。  私は、エミリさんに視線を向ける。 「あの、こんな子供に仕事を任せて、不安じゃないんですか?」 「自分でそれを聞くの?」 「はい、あの、なんか不思議で」 「それに関してはね。年齢じゃ無く、仕事を達成したから報酬が出る。失敗したら出ない。それだけの事よ」 「私、まだ強くないし、これから頑張って強くなるつもりだけど……」  私が口籠ると、エミリさんは「あー、はいはい」と何度か頷いた。 「そう言う事ね。あのね、貴女に狩猟とかの仕事は回ってこないわよ」 「え、そうなんですか?」 「当たり前でしょ。そういう仕事はね、信用が出来てからなの。誰彼(だれかれ)構わず回す訳じゃ無くて、戦闘能力とそれなりの信用を置ける人だけよ。こちらとしては死んでほしくないし、むしろ怪我だって極力させたくないの。心情的にも損害的にもね」 「そうなんですね。あの、じゃぁ、ランクとかがあるんですか?」 「ランク? なんの? 狩猟対象の大体の危険度予想ならあるけど。もし、人に格付け(ランク)があるかって話なら無いわよ。というか、仮に有っても、信頼関係の無い人に仕事は回せないわ。あぁ、でも、そう言う格付けする仕事も有るわね。けど、人に対する格付けなんて、百害あって一利無しよ」  そう言って、エミリさんは肩を竦めている。  私のイメージとは随分違った。  前世で馴染みあるファンタジーと言えば、本であったりゲームだった。  それが、この世界で生活していくうちに、リアルな方へと修正されていく気がする。 「取りあえず、適性を書いて。後は名前は必須だけど仮の名前でも入れておく?」  紙を覗き込み、それから私の顔を見るエミリさん。  名前の無い私に気を使っているのだろう。  私は、エミリさんに向けて、首を横に振る。  オジさんなら、私に何という名前を付けただろう?  けど、考えても、それは分からない。  家の花壇には、この世界で何というか知らないけれど、白い花があった。  あの花は、オジさんが胸に差した花と同じだ。  私の前世では百合と言う。それがオジさんの植えた花。 「リリィ。私の名前は、リリウム・リリィです」  私は、ペンを走らせた。 「そう、いい名前ね」  私が見上げると、エミリさんは微笑んでいた。  そこへ、入り口の扉が開き、モユルさんを先頭にガヤガヤと大勢の人が入って来た。 「鋭牙狼(シャープファング)の狩猟、終わったぜ」  と、モユルさんは、肩に毛皮の束を担いでいる。 「お疲れさま。随分と多かったみたいね」  エミリさんの言葉通り、各々が毛皮を背負ったり抱えたりしている。 「あぁ、定期的に狩ってる奴がいねぇから、大仕事だったぜ」  モユルさんの肩にある毛皮は、見慣れた毛皮だった。  そして、多いという意味も分かった。  前は、オジさんが定期的に狩っていたんだ。  モユルさんは、私に、これがロックスのやってた仕事だって言ってる気がした。  私は席から立ち上がる。 「あの!」  声を張った。  テーブルの一つに毛皮を下ろして、モユルさんが私を見る。 「おう、チビスケ、居たのか」 「あの、今日から冒険者になったリリィ、リリウム・リリィです!!」  私は、めい一杯大きな声で言った。  するとモユルさんは、口の端を持ち上げる様に笑って、ゆっくりと私に向かって歩いて来た。 「そうか、よろしくな。リリィ」  私の前に差し出された厳つい手のひら。  私は、その手を両手で握った。 「よろしくお願いします!!」  次の瞬間、モユルさんは私の腋の下に手を入れ、軽々と持ち上げた。 「あ、あの、モユルさん?」  私が問い掛けると、モユルさんはお構いなしに 「今日は歓迎会だな。よっしゃ、料理も酒もジャンジャン注文しろ! それとジュースもな。今日は俺のおごりだ!」  大きな声で言った。 「「おお!」」  すると、そこに居た全員から歓声が上がった。  っと、一人だけは除外。 「はぁ、またここで宴会する気なのね」  高い位置から見えるエミリさんは、苦笑い。 「いいじゃないの。お酒も売り上げの一部だしさ」  と、アネッタさんは笑っている。 「よろしくな、リリィ」  この間、怖い顔をしてたスキンヘッドの冒険者が笑って手を振っている。 「よろしくお願いします!」 「リリィ、頑張れよ!」  近くの冒険者が言った。 「はい、頑張ります」  モユルさんが下ろしてくれるまで、皆さんから色んな声を貰った。  その日は、私はギルドホールでお腹いっぱい食べて、いつの間にか眠ってしまった。 「今度は聖都で、8歳の娘に、聖女の適性が出たってよ」 「じゃぁ、今度は賢者が出るのか?」 「かも知れねぇな。こりゃぁ、何かの前触れかも知れねぇな」  私が夢と現実の間でフワフワしていると、誰かと誰かがそんな会話をしていた。  気が付けば、私はソファーのに寝かされ、毛布がかかっている。  あまりに心地良いから、私はもう一度眠りに落ちていた。
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