第07話 冒険者たち

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第07話 冒険者たち

 私は冒険者に成った。  昨日は、歓迎会と言う名のお祭り騒ぎで、私はギルドホールで寝てしまった。 「リリィ、起きなさい」 「ママぁ、まだ眠いよぉ……!」  私は、はっとして飛び上がる。そこにいるのはエミリさんだった。 「あ、あの、ごめんなさい」 「何が?」 「ママと間違えてしまって、あの……」  エミリさんは、私の頭に手を乗せると微笑んでいた。 「毛布畳んでらっしゃい。朝ごはんにしましょ」 「あの、いいんですか?」  私が首を傾げると、エミリさんはバーカウンターの方を指差した。 「ほら、冷めるわよ」  エミリさんが指差したカウンターでは、アネッタさんとルクルカお婆さんが食事をしていた。  私は、ソファーから立ち上がり毛布を畳んで、バーカウンターに向かう。 「リリィ、おはよう」 「リリィ、おはようさんじゃ」  アネッタさんも、ルクルカお婆さんも私の名を呼んで微笑んでいる。 「おはようございます!」  私は元気に挨拶をして、カウンターの席に腰掛けた。  するとエミリさんは、私の前にプレートを置いた。  その上には、目玉焼きとサラダがあって、 「はい、リリィ。好きなだけ取って」  と、今度はアネッタさんが、パンの入ったバスケットをカウンターに滑らせた。 「あの、じゃぁ、頂きます」  私は、バスケットから、ふかふかのパンを一つ摘まんでプレートに乗せた。 「此処の食事は当番制なの。今日は私の番。さぁ、食べて」  と、エミリさんは、プレートをもって私の横に腰掛けた。 「頂きます!」  こんなにまともな朝食は、生まれて初めてだった。  孤児院で出される豆の煮物と硬いパンじゃなくて、ぷるんとした半熟の目玉焼きと瑞々しい野菜。  黙って食べる朝食じゃ無くて、横からは談笑が聞こえる。 「リリィ。今後、朝の準備と掃除を手伝ってくれたら、報酬として朝食を進呈するけど、この依頼は受ける?」  パンを千切りながらエミリさんが言った。  私にとって初の依頼だ。 「やります! やりたいです!」  私は元気に返事をして頷いた。 「じゃぁ、よろしくね」  エミリさんは、パンを口に運びながら微笑んだ。  そこへ、横からルクルカお婆さんが、私の顔を覗き込んでくる。 「じゃぁ、わしからも依頼じゃ。鑑定の助手を週に数回。報酬は銀貨二枚と、おやつじゃ」 「やります!」  私は、ルクルカお婆さんに顔を向けて、こちらも元気に答える。  お婆さんは頷いて、笑った。  そして今度は、アネッタさんがプレートを持って席から立ち上がり、 「バーカウンターの、お運びと引き上げ。気がついたらやってくれる? そしたらジュースをあげる。あと、忙しい時に手伝ってくれたら、その都度報酬を払うわ」 「やります!!」 「じゃぁ、よろしくね。特に週末はヤバいから」  アネッタさんは、プレートをもって奥へと下がっていく。  私がアネッタさんの後姿を不思議そうに眺めていると、 「裏の井戸で洗い物をするのよ。貴女も自分の食べた皿は洗うのよ?」  エミリさんが、野菜をフォークで差して言った。  お陰で直ぐに謎が解けた。 「はい!」  返事の後、私は朝食を思いっきり味わった。  それから私は、食器を持って言われた通り裏庭に有る井戸に向かう。  ギルドホールから、スタッフ専用の扉を潜ると直ぐに裏口に出る事が出来た。  出ると少し広めの庭があり、脇には納屋のような建物と、大きな馬が二頭収まった小屋があった。  そこでアネッタさんは馬の世話をしている。  私は、アネッタさんを横目に、中央の井戸へと近寄った。  食器を置き、滑車から吊るされたバケツに手を掛けた瞬間、井戸の向こう側に大きな白い塊が有る事に気が付いた。 「ん、なんだろう?」  気になって、その塊に手を伸ばす。  毛足が長く、少しだけ硬い毛皮のような――。  私が白毛を撫でた瞬間、ギラリと何かが光った。 「うん?」  私は、何が光ったのか気になって覗き込んでみると、その何かと目があった。 「きゃぁ!!」  突然の事に、私は思わず悲鳴をあげて、思いっきり後ろに跳ねていた。  すると大きな白い塊は、起き上がる。  どうやらそれは、大な白い狼のような獣で、 「ふわぁぁぁ」  と、欠伸混じりに伸びをした。  その後、身構えた私を後目に、興味無さげな様子で歩き出した。 「え? あれ……」  私の視線の先を悠々と歩き、庭の端に移動すると、ごろりとまた寝そべった。 「シャロンよ。貴女と同じ、8歳の女の子」  その声に視線を向けると、アネッタさんは馬たちに飼葉を与えていた。 「え、あの、ペットですか?」  私が問い掛けると、アネッタさんは中腰の姿勢から腰を伸ばして、 「ペットなんて言ったらヘソを曲げちゃうわ。私の家族よ」  私が、シャロンという白い狼に視線を戻すと、興味無さげにそっぽを向かれた。 「ごめんなさい。あの、ご家族に嫌われました……」  私が肩を落として言うと、アネッタさんは手袋を外しながら、 「大丈夫、いつもあんな感じだから」  と、笑っていた。  それから、アネッタさんはエプロンを外し、 「そろそろ営業開始だから、早く洗って戻ってらっしゃいな」  と、井戸のふちに置かれた食器を指差した。 「はい、あの、直ぐ戻ります」 「じゃぁ、先行ってるね」  アネッタさんはホールの中へと戻って行った。  私は、改めて井戸から水を汲み上げ、食器を洗った。  そして、食器を手に持ちシャロンを見る。 「ビックリさせてごめんね」  シャロンは、私の言葉にうっすら目を開けると、直ぐにまた目を閉じてしまった。  これ以上何か言おうものなら本当に嫌われる。そう思った私はそっとその場を後にした。  食器を置き、ホールに戻ると、今度はルクルカお婆さんが私に手招きしている。  私は足早に駆け寄ると、お婆さんはカウンターの中を指差した。  お婆さんのカウンターは、他のカウンターより少し低い。  つまり、この高さが鑑定するのに具合のいい高さなんだろう。  私がカウンターの内側に移動すると、お婆さんの横に椅子が置いてあった。  私のために用意してくれていたようだった。 「ほれ、はやく座る」 「あ、はい」  私が腰かけると、お婆さんは私の前に本を置いた。  そして私には、すぐに分った。この本は凄く高い。 「鑑定という適性はな、知る事から始めるんじゃ」  お婆さんの言葉。何となくだけど意味は分かる。  以前、私も物の善し悪しを知るために市場を回った事がある。 「良いか? 鑑定とは知るための適性じゃが、同時に鑑定のためには知識を広く持たねばならん」 「はい」  私は、頷き本を捲る。  立派な表紙に、滑らかな紙。そして其処に描かれた細やかな画と説明。  この本は辞典だった。 「毒草によく似た薬草も有れば、逆もある。なのじゃからして、鑑定者の責任は重大なんじゃ」  お婆さんの言葉を聞きながら、私はページを捲っていく。  どんどんと知識になっていく、そんな感覚はあるが、これだけの膨大な情報を覚えるというのは、とても根気のいる仕事なのだと思う。 「たとえ適性があっても、怠け者では何の実も結ばんのじゃ。今日は、良いと言うまで本を読め、そうしたらご褒美に菓子をやる」 「はい!」  私は、ページを捲る。  お菓子につられた訳では無く、純粋に本を見るのが楽しいのだ。  これだけは前世と同じ。私はもともと活字中毒なのだ。  それから、私は何時間か集中していた。 『こつん』  突然、頭のてっぺんに軽い衝撃。 「え?」  本から目を離すと、其処にはモユルさんが立っていた。 「リリィ。ほんと、すげぇ集中してんな」  モユルさんは、そう言って笑っている。 「あれ、いつの間に……」 「いつの間に。じゃねぇよ。まあ、いいや。ちょっと出て来い」  モユルさんがホールの真ん中を親指で示す。  いつの間にか、ホールは冒険者が一杯いる。  そして窓の外を見れば、西日が差している。  私は、席から立ち上がると、本にしおりを挟み、 「お婆さん、ちょっと行ってきます」 「わしは、もういいぞと随分前に言うた」 「ご、ごめんなさい集中してました」  私は、お婆さんに頭を下げてから、モユルさんの指すホールの真ん中へと歩いた。  モユルさんは、後ろから私の肩に手を置いた。 「リリィの事は知ってるな?」  目の前のテーブルには、冒険者が二人座っている。 「あぁ、勿論だ。リリィ、この前は悪かったな」  一人はスキンヘッドの大柄の冒険者だった。  もう一人は、綺麗にそろえた顎髭が特徴的な、細身の男性。  モユルさんは、私の肩で手を弾ませた。 「いいか、リリィ。このハゲは、バニガン。体術と治癒魔法が得意だ」 「ハゲじゃ無くて、剃ってるけどな」  間髪入れずバニガンさんが言った。 「で、こっちが、ユルゲン。剣の関しては相当な使い手だ。元はどっかの国の近衛兵だったんだが、貴族の奥さんに手を出して、追放喰らった」 「おい、モユル! 子供になんて説明をするんだ」  慌てた様子のユルゲンさん。確かにモテそうな感じはする。 「で、俺は、火と水の魔法を使う」  今度は、私の前に回り親指で自分を示したモユルさん。 「あの、一体どういう?」  私が首を傾げていると、モユルさんは肩を竦め、 「いや、だからよ、リリィ。おめぇの適性にあった先生を連れて来たんだ」 「あ、そっか」  言われて初めて気が付いた私。 「まぁ、教えるのは仕事の合間になるけどよ。色々経験してみて、どう伸ばして行くか考えるのも良いと思ってな」  と、モユルさんは、ユルゲンさんとバニガンさんと同じテーブルに腰掛けた。 「リリィ、そこのテーブルに、これ運んで」  バーカウンターのアネッタさんから声がかかった。 「あ、はーい」  私は、速足でバーカウンターに向かい、トレイに乗せた木杯を三つ運ぶ。 「お待たせしました!」  少し背伸びして、木杯をテーブルに置くと、三人は息ぴったりで、 「カンパーイ!」  と、木杯をぶつけ合った。  私は、その様子を眺めてから、 「あの、なんで、其処まで親切にして頂けるんですか?」  と、少し怖気づきながら問い掛けると、モユルさんは、テーブルの端に木杯を勢いよく置いた。 「はぁ? 何言ってんだ。もう、お前は此処の仲間だろうが! 仲間に力付けさせれば、俺たちも得するってもんだろ? なぁ」  モユルさんは、両サイドの二人に同意を求めている。  バニガンさんは肩を竦めた。 「モユルは素直じゃないからなぁ」  そんなバニガンさんの呟きは、直ぐに拾われ、 『ゴツッ』「いてっ」  と、直ぐにモユルさんは、バニガンさんの後頭部を軽い感じで殴った。  そして、ユルゲンさんは笑いながら、 「まあ、そう言う事だから気楽な感じで頼るといい」  と、片目を瞑っていた。  と、その時だった。 『パンパン』  盛大に手を叩く音が響いた。 「みんな、緊急ミッションよ!!」  ホールには、エミリさんの声が響いていた。
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