第92話 真魔王

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第92話 真魔王

fc057979-6a88-4617-bfcb-1d5aa6d54302  その景色は一目で夢だと分かった。  海は凍り、船は氷の中で取り残されていた。  そして、その乗組員は、寒さに凍えながら、やがて凍死していく。  掛け替えのない友までも……。 『嫌だ! ポルカ!!』  夢だと分かっているのに、私は全力で叫んでいた。  だが、私の声など届くはずもなく、景色から船が消えた。  いや、船が消えたのではない、そっくりなのだと、遠い山の姿で直ぐに気が付いた。  凍った海の向こうに、三つの山が見える。  あんな山はバヤン岬からの航路では見た事がない。  この景色は、一体どこなのだろう。  私は、地上から十数メートルほど上の空中から、遠くをゆっくり見渡した。  背後には陸地が見え、前方には凍った海、その先には尖った三つの山が連なっている。  この景色は、本当に何処なのだろう。  私は、くるくると回るように辺りを見渡して、また海の向こうに視線を向けた。  すると、そこに黒い影を見つけた。  あれは、なんだろう。  目を凝らして見ていると、その黒い影が徐々に増えている気がした。  だが、遠くて良く分からない。  その黒い影は、海を渡ってきているようにも見える。  近付いて確認しようにも、それ以上は進めず、見渡す事しか出来ず、じっと目を凝らした。  徐々に、徐々に近づいてくる黒い影。  暫くして、それが、何かの集団であるのが分かった。  今は、遠くて微細な点の集合にしか見えないが、陸地に近づくにつれ、点の一つ一つの大きさが分かって来た。 「そんな馬鹿な事って……」  私は、愕然とした。  なんと、その点の全てが巨人、膨大な数の巨人の群れだったのだ。  いや、それだけじゃない、巨人の足元には、闇犬が絨毯のように(ひし)めいている。  目視できる距離になって、私の背筋は一瞬で凍り付いた。  しかも、何故気が付かなかったのか、巨人よりも、もっと凶悪で異様な存在が、それらの先頭に、確かに存在していた。  魔王だ。  あれが、真魔大災害(アポカリプシス)の、真魔王(アポトーシス)だ。  真魔王(アポトーシス)?  脳裏に突然浮かんだその言葉、アポトーシスは、前世で聞いた事がある。  細胞の死を表す言葉の一つだ。  オタマジャクシがカエルに成る時、尻尾が消え去る、それがアポトーシス。  良い状態に保つために積極的に引き起こされる死を表す。  もとはギリシャ語だ。  不都合なモノを排除する。  不必要なモノを死消滅(ししょうめつ)に至らしめる。  その名は偶然なのか、何か大きな存在の意図したところなのかは分からない。 「ふざけるな、不必要だとでもいうのか!?」  私は、届かぬ声を吐き出していた。  その姿は、闇よりも黒く、そして何よりも異質だと、感覚的に伝わってくる。  見た目は、かつてコビーやパパが戦った魔王に酷似していたが、肌にビリビリと伝わってくる特殊な空気が、違う存在だと告げている。  夢の世界だからこそ、はっきり分かる異質の正体。  それは、死が運んでくる恐怖そのものだった。  自然と震える自分の両肩を抱き、真魔王(アポトーシス)を睨みつけたが、傍観者である私を無視して、それは進み続けた。 【ねじれ】を吸い込み、大地から真魔王(アポトーシス)が生まれるのなら、変質したこの世界の、この大地もが、私達を不必要と断じたのだろうか。  そんな事、あっていいはずがない。  だが夢の中でいくら私が訴えても、真魔王(アポトーシス)は進み続ける。  そして景色が変わった瞬間、ガダ砦の全てが凍り付いていた。  オアシス自体も、ヤギや羊も、家畜の全てが凍っている。  そしてガダ砦の至る所で、氷漬けで命を失った仲間達の姿。  玉座の間では、氷柱になった希望の子達(ホープス)やミラ。  玉座には真魔王(アポトーシス)が腰を下ろし、私はその傍らに、青白い顔で佇んでいた。  魔持ちは愚か、魔抜けを含む、私だけを残し、全ての人が滅亡した光景だったのだ。  そんな状況を目の当たりにした私は、 「嘘だ、そんなの嘘だ!!」  と、真魔王(アポトーシス)に殴りかかった。  しかし、当然のようにすり抜けた。 「ダメ、ダメダメ、嘘だ、嘘だ嘘だ! どうして? ねぇ、どうしたらいい? 誰かいないの? この夢の中に、私に助言してくれる誰かは!?」  私は、玉座から後退りながら喚き散らしていた。  凍えるような世界の中で、私は絶望に限りなく近い言葉を発している。 「ねぇ、誰か!! お願い!! 何でもするから!」  私は膝から崩れ、心の限り懇願していた。 「なら、戦えよ」  それは、私のすぐ背後から聞こえた。  私は振り返る。  すると、そこにはシューゴが立っていた。 「シューゴ……、ねぇ、教えて? 私、どうしたらいい?」  私は、跳ねる様に這って進み、シューゴの足に縋りついた。 「見っとも無いな、それでも僕を倒して王になった者なのかい?」 「だって、こんなの、どうしていいか、分からないよ……」 「子供かよ。ねぇ、リリィ。僕はね、僕からすべてを奪った君が大嫌い――」 「ごめんなさい。あの――」 「だから、聞けって!」  シューゴの荒げた声に、私は固まった。 「……」  そんな私をシューゴは見下ろしている。 「はぁ。いいかい? これはね、もう僕が予言書で知った未来より、もっと残酷で過酷だ」 「私が、……貴方を倒したから?」 「だとしたら、面白いけど。多分、そこは問題じゃない」 「じゃあ、なにが悪かったの?」  私はシューゴの足に、みじめに縋りついたまま問い掛けた。  だが、シューゴの口から出たのは、 「君は、そんなに仲間が大切なのかい?」  と、首を傾げながらの問い掛けだった。 「大切だよ!! だから、何でもするから!!」 「そういう奴が命を賭けてしまうんだよね」 「大切な人のために、命を賭けちゃ悪いの?」 「少なくとも、僕は賭けないね。だって、自分の命が大切だからね。それと君は、このままいけば、生き残るよ?」  と、シューゴは玉座の横に立つ私を指差した。  私は、肩越しに振り返り、直ぐに向き直ってシューゴを見上げた。 「あんなの、生きてるって言わないよ! みんなを失って、私だけなんて!」 「いい気味だね」 「そっか、貴方は、私を笑いに来たんだね……」 「笑ってなんていないさ。それと、助けないんじゃなくて。僕には何も出来ないんだよ」 「……え?」 「まぁ、それはいいさ。で、さっきの質問だけど、僕を倒したからじゃないよ。多分だけど君が王に()ったからだよ。君が()ったから、【ねじれ】が本気になったのさ」 「同じじゃないの?」 「違うね。大いに違う。僕を倒したって、君が()たなければ、こうは成らなかった。例えば、ミラが王になっていれば、誰かが、普通の魔王と闇を倒して、真魔大災害(アポカリプシス)は何十年かの休憩に入る。まあ、終わったと言えなくも無いが、また直ぐに起きるよね」 「じゃ、私が王にならなければ良かったね……」 「どうしてそうなる? 君はもう少し賢いと思ったんだけど」 「だって、こんなの見せられたら――」 「よく考えろ馬鹿。大事なのは、なんで、お前が起つと、本気になるかだよ」  と、シューゴは縋る私を蹴飛ばした。  すると、私の体は不自然に床を滑って、何メートルかで止まった。 「分からないよ……」  私は、突っ伏しながら、床を叩いていた。 「不愉快だな。こんな奴に僕が討たれたかと思うと、ほんと情けないよ。でもな、滅んでもらっちゃ困るから、よく聞けよ?」  と、シューゴは私に歩み寄ると、胸倉を掴んで引き起こした。 「本気になったって事は、お前に全てを覆すだけの力があるって事だろうが。ビビってんだよ! お前に! 【ねじれ】が! そしてな、予言者は、何のために夢を見る? 暗い未来を覆すためだろうが!」  と、シューゴは私を投げ捨てた。 「シューゴ……」  私は、体を起こし、シューゴに視線を向けた。 「気安いぞ、駄王が。後は、自分で考えろ」  と、シューゴはマントを翻し、踵を返した瞬間、かき消えた。  シューゴが何故、私を助けてくれるのか、それは分からないままだったが、彼の言葉で、大事な事を思い出した。  そうだ、覆すのだ。  私の折れかけた心は、いけ好かない先王のお陰で持ち堪えた。  私は凍り付いた玉座の間の窓から、オアシスを見下ろす。  オアシスの天幕には、在位六年二つ風の二十五日と幕が下がっていた。  在位六年という事は、あと二年と半年後の二十六歳だ。  しかも、二つ風二十五だとは、あぁ、全てギリギリじゃないか。  何故なら、私の誕生日は三つ風の一日なのだから。  でも、お別れするぐらいの時間はあるようでホッとした。  今、恐怖と安堵が同居していると言う不思議な状況で、私は目を覚ました。  私は直ぐにベッドから半身を起こし、 「誰か!」  と、寝室の外に声を投げた。  すると、ミラも目を覚まし、 「予言?」  と、眠そうに目を擦りながら首を傾げた。 「うん。みんなを集めるね」 「そう、じゃあ準備するわ」  と、ミラは早々にベッドから出て、クローゼットに向かって行った。  起きるには少々早いが、時間は有限なのだ。  程なく、パメラがガウンを羽織り、部屋に現れ、 「陛下、お呼びでしょうか?」  恭しく腰を折った。 「うん、ごめんね。()を見たんだ。一時間後に、玉座の間に側近を集めてくれる?」 「畏まりました」  と、パメラは一礼の後、少しだけ速足に出て行った。  直ぐにターニャも現れ、私も準備を始めた。  夜も明けない内に、玉座の間には、希望の子達(ホープス)と、希望の因子(ファクターズ)を代表してエイル。  そしてギルド代表のエミリさんと学術面からアレクさんも参加する。  私は、みんなに、 「早朝からごめんなさい。早速、今回見た夢の話を聞いてほしい」  と、前振りを置き、夢で見た光景の、シューゴの部分と氷漬けのみんなを見た事は省いて伝えた。  省いた理由は、狼狽(うろた)えた自分の(ざま)が恥ずかしかったのもあるが、夢とは言え、仲間の死を伝えたくは無かったからだ。  ただ、これだけは声を大にして言った。 「予言は覆すためにある。真魔大災害(アポカリプシス)を終わらせるため、みんなの力を貸してください」 「しかし、海岸沿いから、三つ連なる山の見える場所ですか……」  と、最前列のライルが顎に手を当てた。 「何か心当たりが?」  私が問い掛けると、ライルは首を横に振り、 「いえ、ブレスト地方には無いので、実際に見て探すしか無いかも知れませんね」  と、直ぐに肩を竦めた。 「ライル。で、船は?」 「ああ、はい、残り二隻も航行に耐えうる状況には仕上がっています」 「そう。じゃあ、船と陸とで、手分けして三つ連なる山の見える場所を探して。分担と迎撃の立案は、ライルに一任します」 「ハッ、畏まりました」  と、ライルは私に頭を下げてから、みんなに振り返り、 「じゃあ、分担に入ろう。誰か、海岸線の地図を持って来て」  早速、ライルの声が響き始めた。  会議も終わり、各自が玉座の間を出ていくと、ミラとソニア、ライルとエイルを残し、 「ふう……」  と、私は玉座に深く体を預け、深く息を吐いた。 「リリィ、お疲れさま」  私の髪をミラが撫でた。 「うん、ありがとう。あのね、覆すほどの、私の力って何だろう?」  と、私は四人を順に見て問いかけた瞬間、部屋にルアンとイルンが戻って来た。 「二人ともどうかした?」  私が首を傾げて見せると、ルアンはイルンと顔を見合わせ、 「陛下が、浮かない顔でいらっしゃったので、心配だと、イルンが申しまして」  と、ルアンが頭を下げると同時にイルンも頭を下げた。 「ちなみに、私も少し様子が気になったのよ」  と、今度はサキとドゥーイが現れた。 「実は、我々も……」 「ケケ、そう言うこった」  今度はヴァルコとサリーナがひょっこり顔を出した。 「私達もだけど、此処は若者たちに任せるわ」  と、エミリさんとアレクさんが顔を出して早々、微笑んでから手を振って去って行く。  それから、部屋の隅に控えていた、ターニャとパメラが、気を遣ってか、一礼して出て行った。  そんな様子のみんなを眺めてから、私は頬を掻いた。 「そんなに、私って顔に出てる?」 「ええ、割と」  直ぐにミラが言い。 「そうね。すぐわかる」  ソニアも腕を組み上げて言った。 「私は、見破るの得意だから、言わずもがな」  ライルは得意げに笑った。 「いやいや、見破るって、嘘ついた訳じゃないし」  と、私は、ヴァルコやサリーナ、そしてルアンとイルンを順に見た。  すると、其々私に頷いていた。  だから、私は観念した。  氷漬けのみんなを見た事。  そしてシューゴが現れた事を、順を追って話した。 「辛い事は共有していいのよ? 不器用な王様」  と、ソニアが笑う。 「正直、死の予言は中々重いものが有りますが、それでも対策は出来ますからね」  ヴァルコが神妙に頷いて言った。 「それに、魔抜けも無事では無いなら、ギルドの街のためにもなんとかしませんと」  ルアンが言い、イルンが頷いた。 「そのためにも、二年半以内に、現れる場所を特定するって事だね。ケケ、長生きしたいからね」  サリーナが大げさに肩を竦めると。今度はライルが、 「まぁ、この時点で、未来は変わってると思うよ。だって現れる事を知ったんだから」  と、深く頷いた。 「みんなシューゴの事に触れねぇんでやんの」  と、エイルが肩を揺らすと、ソニアは対照的に肩を竦める。 「いや、だって、あまりに()()()無い事してるから」 「あの、たまにですが、シューゴ王にも、そう言う所は有りました」  と、ルアンが言うと、みんなの視線が集まった。 「私達は、嫌いになってからは、余り交流しなかったから」 「ああ、だな」  と、サキが知らない一面なのか、意外そうに言い、ドゥーイが同意するように頷く。 「やって来た事は、いまだに許せないけど、シューゴも不器用だったのかな」  私が呟くと、ミラが私の髪を撫でながら、 「死んだ者の本当なんて普通は分からないのよ。リリィはそれだけでも凄いわ」  と、微笑んでいる。 「あー、そうか、さっきの、覆す力がってところ」  と、ソニアが私を指差した。 「え、何かあった?」  と、私が首を傾げると、ソニアはみんなを順に見て、 「ほら、みんな分からないの? ズバリ愛されてるって事だよ!」  と、同意を求めるように、今度は逆順で見渡していく。 「あぁ、確かに。リリィのためになら頑張ってしまうものね」  最初に同意はミラだった。 「陛下のためなら頑張れると、イルンも申してます」  と、ルアンがイルンの代弁をすると、ヴァルコも頷いた。  ほぼ同時に、サキもドゥーイも、サリーナも頷き。 「へへ、まぁ、アタシはもともとダチだし、大好きだぜ?」  エイルが張った胸を叩いた。 「ダメ、……これは駄目だよ」  私は俯いてしまった。 「陛下、何処かお加減でも?」  と、ヴァルコの慌てる声が聞こえた瞬間、ミラが言った。 「嬉しくて泣いてるのよ」 「い、言わないでよぉ、隠してるのに!」  と、言葉とは裏腹に、私は上ずった鼻声と態度で、ミラの言葉を肯定してしまった。  私は、絶対腫れぼったく成っているだろう顔を上げた。 「はは、じゃあ、私達は行って来るから、ミラの胸でも借りて泣いたらいいわ」  と、ソニアが歩き出した。  すると、順に仲間たちは、笑ったり、微笑みながら部屋から出て行った。  そして、ミラと私だけになった玉座の間で、 「私の胸、使うのかしら?」  ミラが真顔で言ったから、私は玉座から立ち上がり、 「使わないよ!」  と、顔を洗うために水場へと向かった。 「お供しますわ。陛下」  少し楽し気なミラの声が、私を追いかけて来る。
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