第96話 光と闇

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第96話 光と闇

 私は剣を振り上げた。 「生きよう!!」 「「おおぉぉぉぉ!!」」  仲間たちの雄叫びが、要塞に響き渡った。 「各自、大至急、持ち場について!」  ライルが手を挙げると、要塞の各所に仲間たちが散って行く。  仲間たちが準備を終える頃には、海はガチガチに凍り付き、白い大地が出来上がっていた。  そして氷の大地の彼方、三つ連なる山の麓から、黒い大軍団が此方に向かって来ている。  真上の丸い月は、その姿を青く変え、氷の大地を青白く染め上げている。 「篝火(かがりび)を焚け!」  白い息を吐き出しながら、最上階の騎士隊長が叫んだ。  私は、ミラや希望の子達(ホープス)と見張り台から、黒の軍団を見詰めている。 「望遠鏡使うかい? ケケ。とんでもない大軍が見えやがる」  サリーナは望遠鏡を隣のヴァルコに差し出している。 「遠慮しておく。どうせ、見ても同じだからな」  と、ヴァルコは肩を竦めていた。 「そうかい。じゃぁアタシは行くよ」  サリーナは、伸ばした望遠鏡を押し込むと、その場にいた騎士に無造作に放り投げた。  すると騎士は慌てて望遠鏡を受け止める。 「サリーナ」  私は、背を向けた彼女を呼び止めた。 「あぁ?」  肩越しに振り返った彼女に、私は駆け寄り、 「お願いね」  と、頷いて見せた。 「ケケ、任されたよ。派手な花火で始めようじゃないか」  そう言い、彼女は再び前を向いて歩き出した。  程なく、要塞の中央台のその上空に、サリーナの生み出す太陽が浮かんだ。  それは本物の太陽に負けない程、要塞を照らしている。  その頃には、氷の上を歩く大軍の様子が肉眼で見え始めていた。  そんな大軍の出鼻に、サリーナが作り上げた太陽が落ちていく。 『ドォォォォン』 『ゴバァゴバァ』  と、爆音とほぼ同時、氷が蒸気に変わり、それがさらに破裂音となって木霊(こだま)した。  十体か二十体か、密集した巨人が砕け散り、割れた氷の隙間から、大量に黒いモノが落ちていく。  それほどに凄まじいサリーナの魔法だったが、氷の湾内を埋め尽くそうとする闇の軍勢は、爪の先ほどは減ったかどうか程度で、侵攻速度は変わらない。  だが、まだ距離はかなりある。 「連短弓隊、構え!」  と、弓隊長の号令が聞こえ、目を向ければ、全員が連射式短弓を構えていた。 「火炎弓隊、()れ!」  一足先に、弧を描く様に、火の矢が上空に放たれた。  それは、数十名から放たれ、黒に当たれば液体が広がり燃え広がり、地面に落ちれば行く手を阻むように、やはり燃え広がった。  闇犬は相当数燃え、巨人の体も炎で剥がれ落ちたが、お構いなしに進んで来ている。 「真魔王(アポトーシス)は?」 「見当たりません!」  私の問いに、望遠鏡を持つ騎士が答える。  その間も、火矢が飛び、再びサリーナの巨大な火が、群れの中に降った。 「超大バリスタ、放て!」  戦線はさらに前進、中距離兵器の射程に入った。  そして鉄で先端を覆われた丸太が、巨人を穿つ。  と、同時に、連射式短弓から放たれた矢が、闇の大軍に降り注いだ。 「まったく減った気がしないわね」  ミラは白い息を吐く。 「始まったばかりだからね」  私も同じくらい白い息を吐いた。  とは言え、ミラの言う通りだ。  今のうちにどれだけ減らせるのか。  真魔王(アポトーシス)が現れていないのも気になる。 「投石機、放て!」  と、指揮者の声が響き、さらに中近距離の兵器が稼働する。  この辺りに来ると、敵のサイズが良く分かる。  巨人の個体差は多少あったが、全長は要塞の半分程度だ。 「じゃあ、近接戦闘のみんなは準備を始めてほしい」  ライルが告げる。  そして、希望の子達(ホープス)は頷き、其々が動き出した。 「じゃあ、私達も行こうか」 「ええ」  と、ミラを誘い、動き出した瞬間、 「リリィは、ちょっと待ってほしい」  ライルが私を引き留めた。 「うん?」  と、私が首を傾げると、ライルは床を指差した。 「陛下は、要塞を回って鼓舞してくれますか?」 「床がどうかした? って聞くところだったよ」  と、私はライルに微笑み、頷いて了承した。  そして、歩き出して直ぐ、わざと足を止め、 「ここは冷えるから、ライルも無理しないでね?」  と、肩越しに振り返り、彼にもう一回微笑みを向けた。 「あぁ、分かったよ」  と、ライルの声を背に、私はミラと連れ立って階段を下りた。 「火炎壁、起動!」 「起動します!!」  階段の途中、怒鳴り声のよう指示と反復の声が駆け上がって来た。  そして窓から、火炎放射の荒々しい赤色が差し込んでくる。  敵が近距離に到達したのだ。  私は、階段を下りて直ぐ、窓の前で弓を構える弓兵の後ろを歩く。  弓兵の横には、矢を渡す女性の姿もあり、私は微笑みながら、 「凄くいい感じです。頑張ってください!」  と、声を投げながら通り過ぎる。 『ヒソヒソヒソ』  と、端に向かって歩く途中、私は足元に黒い粒を見つけた。  私はそこで屈み、耳を傾けた。 『こんなの、無理だ。助けて、怖い』  と、黒い粒が囁いている。  私は、その粒を指先で摘まみ、 「ちょっとごめんね」  と、弓兵に断りを入れ、黒い粒を窓から捨てた。  それから、その窓の弓兵の肩に手を置いて、 「大丈夫だよ。肩の力を抜いて」  と、声を掛けると、 「ハッ! なんだか、肩が軽くなりました……」  と、驚いた様子だった。  そして、再び私が歩き出すと、ミラは私の耳にそっと、 「今、何をしたの?」  と、問い掛けた。 「弱気蟲が落ちてたから」  私が言うと、ミラは訝し気に首を傾げていた。  別に比喩じゃない。  見えない彼女に何と説明するか考えつつも、説明は後回しだ。  私は、端に着くと階段を下り、また端を目指して歩き、着けば階段を下りる。  その間には、何度か黒い粒に遭遇したが、その都度処理して兵に声を掛けた。  その日、白兵戦が必要な状況にはならず、概ね火炎放射の射程で抑える事が出来た。  私は仮眠から目覚めた。  一夜明けたはずなのに、満月は頂点にある。  窓から差し込む青い月光と、上がる炎の赤を浴びながら、私は、硬い寝台から体を起こした。 「どれくらい寝てた?」 「砂時計が三度です」  パメラが私に濡れたタオルを差し出して言った。  三時間ほどか。  私は、タオルを受け取り顔を拭く。  そして横を見れば、まだミラは寝て居る。  私は、パメラに人差し指を唇の前に立て、ベッドから起き上がった。  それから要塞をひと回りして状況を確認した。  昨日より黒い点が増えた気がする。  疲労のせいも有るだろう。  外の状況は依然として変わりなく、大量の闇が押し寄せて来ていた。  私が丁度、最上階に上がる階段に差し掛かった時、 「火炎壁、そろそろ限界です!」  と、技師の声が響いた。  私は慌てて最上階の見張り台まで上がった。 「ライル状況は?」 「予定通りだよ。火炎壁の冷却時間なんだ」 「そっか、ガダ砦の時は、昼間に冷却できたけど」 「あぁ。そうだね。でも、これは悪い事じゃない」  と、ライルは手を挙げた。  すると、兵士の一人が大きな旗を振り始める。 「「うおぉぉおぉぉ!!」」  と、直ぐに要塞の至る所から歓声が上がり始めた。  私は直ぐに要塞から海の方を見下ろした。  ソニアだ。  ソニアが要塞から出陣したのだ。  そしてエイルと、希望の因子(ファクターズ)達も、二階層から下ろした橋の上を駆けていく。  それを見て、士気が爆上がりしたのだ。  実際、ソニアの勢いは凄まじいものがあった。  そしてソニアの指示のもと、近寄る巨人や、闇犬を蹴散らす希望の因子(ファクターズ)達。  エイルも、あの鏡面の如き大剣で、巨人の足を叩き切ると、巨人は倒れ、直ぐに止めを刺していた。 「冷却完了しました!」  暫くして上がって来た報に、ライルが再び手を挙げた。  すると、また旗が振られ、ソニア達は橋を駆け上がって要塞に戻って来る。 「所で、ライルは寝たの?」  と、私が問うと、 「え、うん、まあ、少し」  ライルからは歯切れの悪い言葉が返って来た。  私は、ライルの目の下のクマを眺める。 「王命。少し休みなさい」 「いや、でも……」 「でもじゃない」 「……」 「じゃあ、少し寝て来るよ……」  しぶしぶと言った様子のライルを見送ってから、私は階段を下りて医療隊の本部へと向かった。  そこには、やはり帰ったばかりの希望の因子(ファクターズ)が居た。  そして既にミラが治療を始めていた。 「リリィ。起こしてくれなかったから、私、少し拗ねているのだけど?」  と、ミラが横目に私を見た。 「だって、気持ちよさそうに寝てたから……」 「から?」 「……ごめん」 「いいわ。許す」  と、直ぐにミラは微笑んでくれた。  私も微笑み返し、辺りを見渡し、 「ところで、ソニアは?」  と、ミラに問い掛けた。 「もう行ったわよ」 「え、何処に?」 「体力回復に、寝るそうよ」 「さすがソニアだ」  そして、全員で出来る事をして、守り続けた。  五日が矢のように過ぎ、十日経ち、そして、あっと言う間に十五日目が訪れた。  この頃になると、兵たちの心身共に、かなりの消耗が窺えた。  私も、焦っている。  残された時間は僅かなのに、真魔王(アポトーシス)が、未だ現れていないのだ。  そんな時、堅牢な要塞の壁にも、とうとう綻びが生まれていた。 「鎧付きが、三階層一番付近に接触! 亀裂が入りました!」 「直ぐに補修班を! その間、サキとドゥーイ、イルンを防御に回して」  報告を聞き、ライルにも焦りが見える。  要塞の彼方此方には、不安の蟲(ねじれ)が、黒くへばり付いている。  私は、それを素手でこそぎ落とし、手のひらで燃やして灰を窓から捨てた。  人の感情が、悪い方に傾きだしている。  だけど、焦るな私。  と、自分を落ち着けようとするが、焦りは溢れ出す。  二つ風の二十六日、それはとうとう現れた。  黒い姿が、巨人たちの後方、ぽつんと空いた場所に、異様な空気を放っている。  間違いない、真魔王(アポトーシス)だ。  現れるのは分かっていた。  夢で見たあの時も、日付は、二十六日だったのだ。  この辺りで来る予感はあった。  しかし、それは動こうとせず、じっと要塞の方を眺めているようだった。  私も、屋上の見張り台から、魔王を頭目に見下ろしている。  と、その時、要塞の火炎壁からの放射が止まった。 「どうした! 伝令!」  と、慌ててライルが伝令を走らせた。  そして、伝令が返って来る前に、その理由が明らかになった。  二階層から橋が降り、ソニアが出陣したのだ。 「ソニア!?」  私は名を叫んでいた。 「ソニア様が、希望の因子(ファクターズ)と出陣されました!」  今更上がって来た伝令に、 「見ればわかるよ!」  と、ライルは声を荒げた。  そして、私達の心配をよそに、ソニアの隊は(くさび)のように、闇の集団の中に突き刺さって行く。  闇犬が飛び散り、巨人が足を失い崩れ落ちた。  ソニアは一直線に真魔王(アポトーシス)目掛け、駆けて行く。  そして、ソニアはとうとう真魔王(アポトーシス)まで辿り着いた。  眩い太陽のような光の剣が真魔王(アポトーシス)に振り下ろされる。  真魔王(アポトーシス)は、光の剣を肩から受けて裂けた。  だが、光の剣はみるみる押し返されて、ソニアは、その勢いで弾き飛ばされた。 「ダメだ、ソニア達が囲まれる!」  と、ライルが叫んだ瞬間には、ソニア達が空けた道筋は闇犬と巨人の群れに塞がって行く。  その間に、真魔王(アポトーシス)の手には、ソニアとは対照的な闇色が伸びて、剣を(かたど)っていた。  ソニアは真魔王(アポトーシス)の振る剣を避け、カウンター気味に振り下ろす。  すると、真魔王(アポトーシス)の、もう片方の手に剣が生まれ、其れで受け止めた。  光と闇が激突した瞬間、闇も光も飛び散った。  ソニアは弾かれ、氷の上を立ったまま滑り、仲間の一人に受け止められて止まった。  だが真魔王(アポトーシス)は平然と立っている。  そして、ソニア達、百名程の隊は完全に囲まれた。 「ライル、私、出るよ!」 「リリィ、何を言ってるんだ。君まで囲まれてしまうよ!」 「分かってる。でも、ソニア達を見殺しになんて出来ない」 「ソニアなら、何とかするかもしれないよ!」 「それならそれで、手助けに行く!」 「いや、それは――」 「うるさい!! これは、王命だ!!」  私は、思いっきり叫び、ライルの胸倉を掴んでいた。 「……分かった。ただし、私も行くよ。リリィが行くなら私も行く。これは譲れない」  と、ライルが私を睨みつけた。 「わかった、行こう」  私は頷く。  私とライルは、屋上の見張り台から階段を駆け下りた。  そして二階層に辿り着くと、そこには、 「ね、来たでしょ?」  と、ミラが装備を整え立っていた。  後ろには、パメラさんとターニャさん。  それだけじゃない。  ソニアを除く、希望の子達(ホープス)の全員がそろっていたのだ。  しかも、さらにはエイルと、エイルの率いる希望の因子(ファクターズ)も、銀の鎧の騎士団までもが控えていた。 『ズドォン、ズドォン』  と、突然、雑踏に負けない程の爆音が響いてきた。 「せっかちが、先に始めたわね」  ミラの言葉に、窓の外に目を向ければ、モユルさんを筆頭に、トーガさんやギルド仲間たちが既に、闇犬を蹴散らしていた。  大勢に、二階層が狭い。  そして、私にミラが言う。 「ほら、王様、号令よ」  私は剣を抜き、切っ先を外に向けた。 「みんな、行くぞ!!」 「「「おぉぉぉぉ」」」  耳を(つんざ)くような雄叫びを放ちながら、私達は闇を蹴散らし、全力で駆けた。
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