第97話 奇跡の予言

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第97話 奇跡の予言

 私は空を見上げていた。  青い月の横に、ぽっかりと空いた亀裂を眺め、私はアレが何時から見えていたのだろう? と自問していた。  だが、今はそんな事を考える暇はない。 『ドォォォン』  サリーナが落とした巨大な火の玉で道を開いた。  そこに、私達は突っ込んだ。 「右翼、左翼、状態を維持、中央に近付けるなよ!」  開いた道を閉ざさないようヴァルコが叫び、騎士が盾で闇犬の合間を押し広げる。  エイルの重い一撃が巨人の足を捉えた。  すると、巨体が自重で崩れ、その瞬間から闇犬の群れへ変わった。  そして、私達は光に包まれる。  ルアンの祈りの、祝福が舞い降りたのだ。  勢いを増した私達の先頭で、ヴァルコの金色の鎧が尾を引く様に突進する。  するとドゥーイとサキがそれに続き、私達は矢印のような陣形で進んで行った。  そして、とうとう囲みを突破して、ソニアと希望の因子(ファクターズ)の場所まで到達した。 「ソニア!」  私は、親友の名を叫ぶ。 「リリィ、遅かったじゃない」  と、ソニアは軽口を叩きながら、剣で飛びかかって来た闇犬を叩き落としていた。  私は仲間達が空けた道を走り、ソニアと並んだ。 「アイツ、割とやるわよ」  と、ソニアはただ黒いだけの真魔王(アポトーシス)を顎で指した。 「割と?」 「まぁ、本気を出せば勝てない相手じゃないけど、リリィも手伝う?」  こんな時でも、ソニアは笑いながら軽口をたたいていた。  だから、私も微笑んだ。 「仕方ないなぁ、手伝ってあげよう」 「そう来なくちゃね、じゃあ、行くよ?」 「うん!」  そして、ソニアが駆け出した。 「リリィとソニアに、雑魚は近づけさせるな!」  ライルが叫び、連射式短弓から、闇犬に向け矢を放っている。  騎士や戦士の囲みを超え、闇犬が飛んでくると、それは私に到達する前に、空中でイルンに切り落とされ、黒い煙になって消える。 「負傷者は中央に下がって、私の元に!」  ミラも声を張り上げている。  私の前方では、ソニアの光剣が再び振り下ろされた。  それを真魔王(アポトーシス)が、片方の闇剣で受け止めると闇の欠片が飛び散る。  カウンターで、真魔王(アポトーシス)双剣舞(そうけんぶ)が、ソニアの首を薙ぎに行った。  だが、ソニアはそれを見切って体を(ひるがえ)す。  そこへ、さらに真魔王(アポトーシス)の剣が、翻ってソニアを追う。  それをソニアは、さらに避ける。  そして闇剣がまたも攻める。  ソニアは、身をよじり、今度も(かわ)す。  真魔王(アポトーシス)の猛攻は凄まじく、ソニアは()され、防戦一方に成っているかのように見える。  だが、そうではない。  ソニアは、氷の上に剣を突き立て、それを軸に、百八十度反転した。  そのまま彼女は、スケートのように滑って私に近寄って来た。  ソニアは敵を、()()()()にタイミングを見計らって誘導していたのだ。  そして、彼女が私の前から退いた瞬間、魔力供給も最大値に達した凍雷(とうらい)篭手(ガントレット)の有る両手を、私は真魔王(アポトーシス)に差し向けた。 「いっけぇええ!」 『タァァァァァァァン』  白い閃光。  大地に(イカズチ)の枝が茂った。  真魔王(アポトーシス)を中心に、光は広く闇を刺し貫いたのだ。  その瞬間、闇犬も巨人も、ピタリと動きを止めた。  そして、目の前の真魔王(アポトーシス)は、灰になって崩れたのだ。 「勝った……のか?」  無音のシンクロの中、戦士の内の誰かが呟いた。  空の月から、青みが抜けていく。 「リリィ!」 「ソニア!」 『パチンッ』  ソニアが挙げた手のひらに、私は手のひらを叩きつけた。  石像のように動かなくなった闇の軍勢の中で、 「「おぉぉぉぉぉぉ!」」  と、割れんばかりの大歓喜が巻き起こる。  そんな大音量の中を、ミラが駆けて来た。 「――ないっ」 「え?」  私に手を伸ばすミラ。  そして、 「かはっ」  ミラの口から、鮮血が零れた。 「え? 何が……」  私がミラを抱き留めると、背中には闇の剣が突き刺さっていた。  そして、それを投げつけたモノ、真魔王(アポトーシス)は、私達が目を離した隙に、気が付かない間に復活していたのだ。 「リリィ……、気を付けないと、ね……」  無理やり紡ぎ出されたミラの言葉。 「うそ、やだ、ミラ……」  私は、彼女を抱き締め、直ぐに治癒を試みた。  だが、ミラの背中の闇が邪魔をして、治癒が通らない。 「バカヤロウ!! 呆けるのは後にしやがれ!!」 『バァァン』  突然、モユルさんが炎の拳で闇の剣を叩き落とした。  真魔王(アポトーシス)は、もう一本の剣を投げつけていたのだ。 「でも、ミラがっ!」  そんな私の声を無視するかのように、 「ソニアぁ!! リリィとミラを連れて、下がりやがれ!」  と、モユルさんは叫んだ。  決死の覚悟で魔王を倒せなかった時点で、状況は最悪な方向転換をしていた。  それは、私にも理解できる……。  口を真一文字に結ぶソニア。 「でも――」 「でもじゃねぇよ。ミラも、お前らも、此処で終わらせる訳に行かねぇだろうが!」 「モユルさん……」 「おう、ソニア、一回ぐれぇ言う事聞きやがれ。はねっかえり娘が。……おら、いけ!!」  ヴァルコが、私を、エイルがミラを抱えて走り出した。 「まって、モユルさん? やめて、離して!! 王命だ、離せ!!」 「聞けません!」  ヴァルコが叫んだ。  モユルさんは、私を見て微笑んで、頷いていた。  そして、真魔王(アポトーシス)が再び動き出すと、モユルさんは体で阻んだ。  ソニアが、私を抱き運ぶヴァルコに並んで走った。 「ソニア?」  私は、ソニアに疑問符を投げたが、 「希望の因子(ファクターズ)、下がるわよ!」  ソニアは疑問符を返さず、後ろを振り返らずに叫んでいた。  世界は、また青く染まっていた。  そして、闇の軍勢も再び動き出す。  撤退する私達と、すれ違っていく人影を見止め、私は彼らに手を伸ばした 「ねぇ、バニガンさん!? ユルゲンさんも!?」 「おう、じゃあな、リリィ陛下」 「バニガンさん!! 何を……」 「立派な王様になれよ」 「ユルゲンさんも、馬鹿な事言わないでよ!」  それだけじゃない。  カダ組の皆さんや、メイサー兄弟の皆さんも、モユルさんに歩いていく。 「シュー、てめぇはリリィを守れ?」  メイサー兄弟の長男、クランツさんが、末弟のシューさんの押し返した。 「トーガ、おめぇもだ。新婚だろうがよ」  カダ組頭領、カダさんが、トーガさんに向けて、ソニアを指差している。 「リリィ、じゃあね」  アイラさんが私とすれ違う瞬間に笑った。  エミリさんが、手を振って通り過ぎていく。 「アイラさん!? エミリさんも、、嘘だ、止めて!?」  無理やり連れ去られる私の視界に、ギルドのみんなが一斉に武器を構えるのが見えた。  深く食い込み過ぎた私達の、退路を、ギルドの皆が作っているのだ。  真魔王(アポトーシス)を、私が倒し損ねたからだ。  そして、遠ざかる私達を、真魔王(アポトーシス)が眺めている。 『行かないで、百合恵』  と、魔王が私に言った気がした。  でも、そんな事はどうだっていい。  モユルさんの炎が一層強く輝いて見えた。  その瞬間、ギルド最強の男は、魔王を殴り飛ばしていた。  しかし、直ぐに魔王は立ち上がる。  私達が、要塞の橋に差し掛かる頃、ギルドのみんなと、闇との乱戦が始まっていた。  遠目にも、ギルドの仲間たちが傷付いて行くのが見える。  バニガンさがエミリさんを庇って、食い付かれた。  そこで、エミリさんが闇犬の頭にナイフを突き刺した。  ユルゲンさんは、巨人の足を斬り刻み、巨体を地面にねじ伏せている。  そのユルゲンさんを庇って、アイラさんが、闇犬を槍で突いた。  カダ組が連携で立ち回り、メイサー兄弟も露を払う。  それでも、どんどんと囲まれていく。  私達の撤退が完了する頃には、完全に彼らは退路を失っていた。  私達を逃がすために、彼らは死地に立っているのだ。 「嫌だ! 嫌だ嫌だ!! 誰か、誰か!! みんなを助けてよ!!」  私は、無様に叫ぶしか出来なかった。  傍らでは、ミラが苦しそうに息を吐いている。  闇の剣が食い込み、抜く事も出来ず、治癒が出来ないのだ。  サキが手首を切り、血をミラに注ぐことで、今生き長らえている状況だ。 「魔王を倒さないと、この剣は消えないかも知れない……」  と、ライルが呟く。 「くそっ、でも、あいつ、リリィの雷を喰らっても復活してたよ?」  そして、ソニアが問い開ける。  内でも外でも、大切な人達が傷付いている。  そんなのは嫌だ。 「アトロポス!!」  私は神の名を呼んだ。  そして白い世界で、彼女は椅子に腰掛けていた。  私は、駆け寄りテーブルを叩いた。 「仲間の助かる方法を教えて!」 「その問い掛けは、二つを助ける事になる。二回分消費するけどいいか?」 「それでいい、教えて!!」 「ふん、焦ってやがるな。まあ、じゃあ、よく聞け? まず、ミラを助ける方法は、魔王を復活しない状況にする事。つまり倒せって事だ」 「そんな……じゃあ、魔王を――」 「三つ消費するぜ?」  と、アトロポスは私の言葉を遮った。 「……先に、ギルドの皆を助ける方法を……」  と、私の残り少ない理性が踏み留まって、問いかけた。 「いいだろう。奇跡がお望みなら、まずは要塞の裏門を開けて、助けてくれって願ってみな?」 「裏口を? ガダ砦から誰かが来るの?」 「そんなに消費してぇのか?」  と言われ、私は口を噤んだ。 「とにかくだ、最後は、クロ姉、クロートーを呼べ? いいな? ほら行け」  と、早々に緞帳が落ちて来た。 「大至急裏門を開けて?」  と、私はライルに言った。 「予言だね?」  と、ライルが問い掛けてきた。  厳密には違うが、それに近いのは間違いないから、私は頷いた。 「裏門を開けに行って!」  と、ライルが騎士に命令を飛ばすと、数人が走って行く。 「それと、ルアン、サキ。ミラをお願い、魔王を倒す方法を必ず見つけるから」  と、私は、二人を順に見てから言った。 「畏まりました」  と、ルアンは頷き、 「ええ、分かった」  と、サキは頷き、その場でミラへと血を注いだ。 「ミラ、少し待っててね。必ず助けるから」  と、私は呟き、胸の前で手を組み合わせた。 「陛下?」  ヴァルコの語尾が上がる。  そんなヴァルコに、私は頷き、 「これから、奇跡が起きるよ」  と、私は、予言のように、自分にも言い聞かせる為に口に出した。 「お願い、みんなを助けて」  と、私は声に出し、強く願う。  その瞬間、傍らにいる何人かが、手を合わせ、 「「彼らを助けてください」」  と、願いを口にしていた。  すると、私の胸の奥で、誰かが言った。 『今、行く』  言葉と言うより、そう感じたのだ。  その瞬間、 「道を開けろ!!」  階段で誰かが叫んだ。 『ドドドドドドド』  裏門から何かが入り込み、駆ける音が巨大な要塞を震わせたのだ。  そして、それらは二階層まで到達して、その入り口から飛び出していく。  美しく白い毛並みだ。  更にそれを追って数匹の白い姿と、無数の鋭牙狼(シャープファング)達。 「シャロン!!」  私は叫んでいた。  すると、それに応えるように、 「ワオォォォォォォン」  と、純白の聖獣が吠えた。  要塞を飛び出したシャロンは、閃光となって、一直線に闇の群れを()ねた。  巨人も、闇犬もお構いなしに飛び散り、そのすぐ後ろを五頭の白い狼が追いかける。  シャロンの子供達だろうか。  更にその後を、数百匹の鋭牙狼(シャープファング)が追従する。  とにかく速い。  シャロン達は、一気にギルドのみんなの所まで到達して、勢いそのままに、角で真魔王(アポトーシス)までも()ね飛ばし、魔王はその勢いで砕け散った。  シャロンは、魔王がそれでは死なない事を知っているのだろう。  モユルさん達を背に乗せると、要塞へと走り出した。  狼たちの背で運ばれる英雄たちを、私達は、直ぐに迎え入れた。 「直ぐに、怪我人を医務室へ!」  ヴァルコが叫ぶと、騎士は直ぐに動き出した。 「かっこつけて出て行ったのに、生きて戻っちまったぜ」  バニガンさんが言った。 「それでいいんですよ! それがいいんです!」  と、私は逞しい胸を殴った。  その瞬間、ユルゲンさんやエミリさんもアイラさんも笑った。 「兄貴!」  と、シューさんがクランツさんに飛びついた。 「頭領、おかえりなさい」  トーガさんが頭を下げると、 「おう」  と、カダ組の人達も笑った。 「おう、戻ったぜっ」  モユルさんは、それだけ言い、私の頭に手を置くと、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜた。 「王様になったのに……」 「俺は例外だったよな?」 「はいっ」  それを見て居たソニアが笑っている。  そして、モユルさんは、直ぐに私の肩を押した。  傍らにシャロンが来たのだ。  私は、屈み、首元から抱きしめた。 「有難う。シャロン、本当にありがとう」  シャロンは、こんなに仲間を増やして、援軍に来てくれたのだ。  しかし、感動の再開が直ぐに中断される。 「陛下! 魔王復活しました!」  と、騎士が報告を告げた。  想定の範囲内だ。 「へ、陛下!」 「今度は何?」 「裏門に、ま、魔獣の群れが」 「え?」  私は、直ぐに逆の窓まで走り見下ろした。  最初はポツポツと、そして遠くから、要塞に向かい魔獣達が集まりつつあったのだ。  闇の軍勢と比べれば、十分の一にも満たない様子だったが、それでもこんなに生き残った事に、驚きと喜びが込み上げて来た。 「陛下!!」  と、ルアンが叫んだ。 「まだ何か!?」  と、ルアンに駆け寄ると、彼女の胸の中で、ミラが目を開けていた。 「リリィ……」 「ミラ! 喋らないで?」 「大丈夫……、きっとリリィは助けてくれるから」  と、ミラは私に手を伸ばしていた。  私は、彼女のたった一つの、か細い手を握った。 「ミラ……必ず助けるからね」 「ああ、やっぱり」 「え?」 「貴女は……【獣の王】と、【人の王】を併せ持ったのね」 「あ、」  と、私は言われて気が付いた。  私も気が付かない内に、【人の王】が発現していたのだ。 「必ず、魔の王を、討ち払ってね。王様……」  と、ミラは目を閉じて、腕から力が無くなった。 「ミ、ミラ!!」  私の目から涙があふれた。  その時、 「陛下、気絶しただけです」  ルアンが直ぐに言ったが、 「う、良かった……けど、涙が急に止まらない……うううう」  勘違いと、安心で涙がどっと零れてしまった。 「陛下!!」  と、また騎士が私を呼んだ。 「魔王が……」 「魔王が?」  と、私は窓から闇の中心に目を遣った。  すると魔王は、要塞へ向け迫って来ていた。  が、途中、真魔王(アポトーシス)は足を止めた。  次の瞬間、 『ズシィンッ』  と、ユキトの石像が、真魔王(アポトーシス)の傍らに、落ちて来たように現れた。 「何故、あんな所に、ユキトの像が!?」  私が叫ぶと、騎士が駆け、 「裏手にあった石像が有りません!!」  と、確認後、叫んだ。  真魔王(アポトーシス)は、ユキトの像に触れながら、 『百合恵、会いたかったよ』  声では無い何かが、直接響いていた。 「ユリエ、って?」  ソニアが言い、皆も訝しんでいる。  つまり、みんなにも聞こえていたのだろう。 「死んだ子の名前だよ」  と、私は真魔王(アポトーシス)を見下ろしたまま言った。  卵の殻が割れた時のように、黒い魔王の体に罅割(ひびわ)れが(はし)っていた。  そうだったのか。  私の中で、凍り付いていた記憶が、急激に解凍されていく。  私は、真魔王(アポトーシス)を前世から、知っていたのだ。
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