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暗闇の中に懐中電灯の灯りが灯っており、ゆるゆると移動する。人間が歩く振動とは違い、水平に移動する。
よくよく聞けば、グルグルグルと微かな車輪音がしていた。
懐中電灯の灯りを向けられた光の中に大きなガラス性の培養容器が写る。
「…電源が落ちておよそ15分か…」
金髪に青い瞳。端正な顔立ちの男が車椅子から呟いた。
実験部門統括及びシステム管理室室長。ヴィンツェンツ・イルシュテルダムである。
彼の下半身は半身不随であり、常に車椅子の生活を送っている。
「アンジェラもデルスニクも応答がない…。非常事態だが、警告する手段もない。」
個人の実験室にいたヴィンツェンツは、その場に閉じ込められていた。
オイレンはデルスニクがシステム管理を行っているが、もちろん充電器を内蔵して、停電したとしても電源が切り替わる機材や、タイマー式に自動復旧する機材もある。しかし、それすら作動しないのだ。
「メインサーバーで管理してる主システムどころか、機械と言う機械が沈黙してるとは…大変な損失だな。」
ヴィンツェンツはふぅとため息を吐く。
オイレンは、研究棟長日向を筆頭とした開発部門、ヴィンツェンツを筆頭とした実験部門、捕獲蒐集部門、医療部門が大きな柱となっている。
開発部門は製造ラインがストップし、実験部門は実験体の管理や実験中止を余儀なくされるだろう。更には医療部門は手術、術後管理など直接生命維持に直結する。捕獲蒐集部門は実験体のストックや文献やデータ管理を行っているが、実験体が脱走しているかもしれない。そして、これまでの功績を納めたデータが復旧できなくなるなどとなったら。
想像しうる限り最悪だ。
オイレンが閉鎖しかねない。
「実に厄介だ。さて、どうするか。何にせよ、私一人とお前だけではではどうにもならないな。」
後ろで車椅子を押す世話役に声を掛ける。
「エーアトベーレン。」
それは、白いライオンだった。豊富な鬣は自然のそれよりも長く、目も青い。巨大な体躯は3メートル近くあり、東野島国の着物を着ている。そして、安定した二足歩行でヴィンツェンツの乗る車椅子を操作していた。
何よりも瞳には、獣にはあり得ない知性が宿っていた。
「しかし坊よ、儂らとてここから動けぬのだぞ。儂とてあの扉は開けられぬし、助けを呼んでも来ないではないか。」
エーアトベーレンは静かな声音で答える。
鐘の響くような声だ。
「ああ。だが、ここでじっとしていても事態が好転しないのも事実だ。試せることは試そうじゃないか。」
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