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ヴィンツェンツは実験室の最奥へエーアトベーレンに車椅子で向かわせる。
古びた巨大な金庫の前に車椅子は止まった。
「…この中見か?」
「ああ、不死と謳われた竜の心臓。」
ヴィンツェンツはダイヤルを回し、解錠する。
中には台座に乗った脈動する心臓。しかし、直径は大人の胴回りほどある。
「本当は賢者の石が欲しい所だが、あれは伝説級の代物だからな。」
実験部門統括のヴィンツェンツの手腕は多岐に渡るが、専門は錬金術である。それを体現するように、竜の心臓を納めていた金庫の内側には竜の心臓に再生を阻止する錬成陣が数式のように画かれていた。
「良いのか、坊。」
エーアトベーレンは何を、とは言わない。
賢者の石に至らないまでも稀有な存在である竜の心臓を使う事、そして、ヴィンツェンツが行おうとしているのが普段スマートな彼のやり方に反する事。
しかし、エーアトベーレンが仕えるヴィンツェンツはエーアトベーレンよりも賢く、思慮深い。
その相手に皆まで言うような野暮は無用だ。
「いいよ。出し惜しみしている場合じゃないから。」
机へ戻り、引き出しから白いマーカーを取り出す。おもむろに閉ざされてびくともしない扉に錬成式を書き始めた。
「損失に損失を重ねるのは不本意だが、致し方ない。」
キューッとすべらかな音がして錬成式が完成する。
エーアトベーレンに台座ごと持ってこさせた竜の心臓に左手を当て、右手は扉にピタリと押し付ける。竜の心臓は錬成動力の底上げになる。
ぐわん、と音を立ててそれ自体が壁のような分厚い扉に大きな穴が開く。
「うーむ…、修理費用の見積もりが怖いな。」
エーアトベーレンは呟く。
「気の滅入ることを言わないでくれ。それに他の研究員達も成功するかはともかく色々試みているよ。」
ヴィンツェンツは力なく笑いながら言う。
「見ずとも解るさ。自分の為すべき事を、こんな形で止められて黙っている者などこのオイレンに在籍してる訳がないからな。」
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