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「して、坊。此処よりどうする。」
竜の心臓が乗った台座をウェイターのように持ち、エーアトベーレンが片手で車椅子の押手を持って言う。
「ああ、研究棟長室へ向かおう。対策本部を立ち上げて、次は人員確保だ。情報を整理したいし、知識や意見もほしい。それから作戦を立てて、役割分担を決める。」
おそらく人為的な工作が働いてると言うことはヴィンツェンツも判断していた。目的は不明だが、オイレンの上位幹部が集まった所で攻撃を受けかねないと言う懸念はあるものの、合流しないまま闇雲に動いても有益な対策の実行は難しいだろう。であるならば、危険を伴ったとしてもやむを得ないことだ。
「では人がいる場所を経由しつつ向かおうか。」
「頼むよ。」
静かな車輪の音が廊下に響く。
ただでさえ無機質な廊下に、今は懐中電灯の灯りしかないのだ。
「…不気味じゃな。」
「ホラーゲームでこう言うシュチュエーションありそうだな。実際なかったか?」
エーアトベーレンの言葉にヴィンツェンツが冗談で返す。
「儂は獣の眼ゆえ、先まで見通せるがの。…坊!」
突然、エーアトベーレンの口調が鋭くなる。耳と鼻をひくつかせる。
「…上から2人来る。ダクトだ。」
「戦闘員か?」
「…ん、いや。これは…」
ガラァン!ダクトの蓋が乱暴に持ち上がり、天井から人影が二人下りてきた。
「っ」
懐中電灯の灯りに晒された2人の内、すぐさま一方が無駄のない動きで腕を目の位置に掲げ、銃口を向ける。
「日向殿!」
エーアトベーレンが制止する。
「…ヴィンツェンツ!ベーレ!二人とも無事だったか!」
日向は銃を下ろし、白衣の内側のホルスターに納めた。ベーレ、とはい以前ヴィンツェンツとエーアトベーレンに対して主従揃って名前が長い、と日向がエーアトベーレンに付けた愛称である。
「ご覧の通りです。研究棟長も御無事そうで何よりです。」
ヴィンツェンツが紳士的に微笑む。
日向はヴィンツェンツの言葉に「当然!」と快活に答えたかと思うと、しげしげとエーアトベーレンを見た。
「…ベーレ、何だそれ。変わった非常食だな。」
台座に脈打つ心臓を持ったエーアトベーレンに日向が言う。
「非常食ではございませぬ。」
誰が食べるか、と言うツッコミをエーアトベーレンは断腸の思いで飲み込む。
「まぁいい。ベーレ、ちょっと屈め。」
言われた通り、エーアトベーレンは日向の前で膝を屈めた。途端に、エーアトベーレンはワシャワシャッと日向に撫でられる。
「お前は相変わらず撫で甲斐があるな!」
「は、はぁ…」
揉みくちゃにされて困惑した眼をエーアトベーレンはヴィンツェンツに向けるが
「良かったな、エーアトベーレン。」
にこやかにヴィンツェンツは言うのだった。
「…」
日向に続いて降り立ったリンネは、その爽やかな笑顔が腹黒く見えた。
「いや、それにしても…リンネ殿はともかく、研究棟長がかように勇ましい女性だったとは…。」
誰も助け船を出せないことを悟り、エーアトベーレンは自ら場を取り成す。
「おいおい、私はもともとトレジャーハンターだぞ。暗がりをライトひとつで進むのなんて十八番だ。むしろ今も現役だっ!」
自信満々の日向は輝いて見える。
「ですがちょうど良かったです、アルタティマーナ研究棟長。今回の緊急事態について、合流して対策を練ろうと思っていたのです。」
エーアトベーレンの取り成しを前座に、周到なタイミングでヴィンツェンツが本題を切り出す。
「そちらのマキくんは何か事情を知ってそうですしね。」
両腕をそれぞれ破損、負傷したリンネを見ながらヴィンツェンツは言う。
自分の今の姿を見ても眉ひとつ動かさない様子に、リンネはやっぱりヴィンツェンツに腹黒さを覚えた。
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