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「何とも、中途半端な天気だね。」
喪服に身を包んだ男は車椅子に乗っている。
年は30代半ばのその男は端整な顔立ちをしており、身なりもいい。金髪にブルーの瞳。白人の肌の男からは育ちの良さが伺えた。
「でも、降られなくて良かったじゃないですか。」
傍らに立つのは痩身の男。空色の長髪を簪で纏め上げている。長髪で顔の輪郭が隠れていて解りずらいが、骨ばった手や鼻筋や顎など現になった輪郭から隠しきれない窶れた身体が見て取れた。纏う喪服も草臥れており、あまり見た目に頓着しない様が伺える。
「それにしても、この坂急過ぎないかな。」
空色の髪の男が息を吐きながら言う。
「貴方の場合は寝不足と栄養不良のせいだよ。」
「君だって、歩いたらそうは言えませんよ、きっと。ヴィンツェンツ。」
「それはハラスメントだよ、ドクター.・ウゴウ。」
付き人に車椅子を押されながら、ヴィンツェンツ・イルシュテルダムは意地悪く微笑む。
話している最中、じわじわと二人の距離は離れていく。
ドクターと呼ばれた空色の髪の男、神射 烏傲(カンザシウゴウ)はよたよたしながら付いてくる。
彼等が歩いているのは草原が続く墓地だ。墓地は丘になっており、目指す墓は丘のてっぺん近くにある。
「貴方に体力があれば、車椅子を押してもらえたのに。」
「じょ…冗談じゃないなぁ…。」
ぜーぜーと息を荒げる烏傲を尻目にヴィンツェンツは付き人に押されながら車椅子に揺れていた。
「あと、…それはハラスメント、だよ。」
烏傲がぼやく。
冗談が言えるならまだ大丈夫だな、とヴィンツェンツは思った。
「途中で倒れないでくれよ、ドクター。雨が降りそうだ。」
「……それまでには追い付きますよ。」
またさらに遠くなった声は弱々しく答えた。
暫く後。
参列者が一人遅れたと言う点を除いて、曇り空のもと、葬儀が厳かに執り行われていた。
今にも雨が降りだしそうな分厚い雲。
粛々と唱えられる冥福を祈る言葉。
葬儀の主役である彼女に親族はいない。
参列者の手で棺が地中へと下ろされる。
土が被され、棺は地中へ埋葬された。
「…と、降ってきたな。」
ヴィンツェンツの付き人が差し出した傘にポツリ、ポツリと雨粒が弾ける。
「無事に終わって良かったです。」
坂を上ってる最中より幾分顔色のいい烏傲が答えるともなしに答えた。
しとり、しとり。真新しい墓石に雨が滴る。
白い花束が女の手で添えられる。
「もっとも、彼女の葬儀にはあつらえ向きだ。」
「…」
(そう言えば…レイニーガン・パトリス博士は、生前レインと呼ばれていたとか…。)
墓標の前に膝を折った人物はすくっと立ち上がった。
「彼女が亡き今、彼女の遺産とオイレンは貴女の物です。」
ヴィンツェンツはホットパンツに白衣姿の女に微笑みかけた。
「どうぞよろしくお願いします。日向・アルタティマーナ研究棟長。」
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