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「藤友君?」
建物奥の暗がりから東矢の小さな声がする。ほっと安堵するとともにますます力が抜けた。静かにしてろと言ったのに、本当に頭が痛い。この距離で聞こえるという事自体が既に声の大きさに関係なく危険だ。もし俺じゃなかったらどうするつもりだ。本当に危機感がない。急に今まで目を背けていた徒労感が襲う。何のために俺が走り回ってると思っている。
それはともかく俺の目的はこの東矢の救出だ。目的物がポンコツなのはその性状だから仕方がない。目的達成の難易度が上がるだけ。考えても仕方がない。頭を切り替えよう。
疲労に震える足をなんとか動かし直進すると、鉄の踏み板だけで構成された螺旋階段の裏に東矢が隠れていた。いや、隠れてない。近づいて目がなれると丸見えだ。正面からライトで照らされればまるで隠れられていない。素早く左右を見渡すが、他に隠れるところはなさそうだ。薄暗い倉庫内はガランと広く、他に遮る構造物はない。端の方に荷物が少し、それからフォークリフトが何台か。だから東矢も恐らく入り口から最も遠いこの階段の影に隠れたんだろう。総考えることにした。螺旋の手すりを握れば汗と混じって鉄さびの臭いが漂う。
やはりここは良くない。階段を上がって二階に移動すべきか。身は潜められそうだが、追い詰められれば逃げ道がないかもしれない。別の倉庫へ移動すべきか。だがどこへ。この倉庫街の倉庫は外からみた範囲では同じ作りに見えた。いずれにしても休憩が必要だ。万一の時に走れる程度には体力を回復する必要がある。
第一目標は安全圏への離脱。
そのために必要なことは、東矢をうまく逃がすことだ。折角助けに来たんだ。無駄骨は避けたい。ここに朝まで隠れられるならそれが一番いいが、確実とはいいきれない。楽観的になれるほど俺の運はお目出度くない。
さりとて東矢と一緒では選択肢はますます限られる。
問題は東矢に運動神経がないことか。いや、神経自体はそれほど悪くはないのかもしれんが、いかんせん瞬発力がない。逃げろと言ってもすぐに動かない。だから襲われれば致命的だろう。だから危険な場所に置くのがそもそも失敗の元だ。それに目を離せばこいつ自身が不規則でわけのわからない行動をとる。
東矢を野放しにして臨機応変に対応させるより、どこかに隠して朝を待った方がまだマシだ。精神的にも。だからさっきも先に逃して俺が囮になった。東矢を隠すならここの二階で息をひそめさせるか、それとも別の倉庫を探すか。考えろ。下手を打つとこいつの迂闊な動きで全てが台無しだ。
何が敵なのかわからなくなってきた。
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