36人が本棚に入れています
本棚に追加
「藤友君、外はどんな感じ?」
「そう、だな。よくわからないが、ここが安全とは、言えないだろう」
「そう……お菓子食べる?」
思わずため息を付く。
本当に緊張感がない。こちらの気も知らずに、東矢はカバンからチョコを取り出す。一人でなら逃げ切れそうな気がする分、余計に残念な気分になってきた。エネルギーの補給自体は賛成だが、きっとそんなことは考えてもいないだろう。仕方がない、仕様だ。息が整うまでの一時しのぎに近くのフォークリフト裏に腰を下ろす。階段下よりまだましだ。足裏、アキレス腱、ふくらはぎと順番に揉みほぐす。ヤバいな、攣る一歩手前だ。回復を急がなくては。
「それで東矢、お前はそもそも何でこんなところにいて、こんなことになってるんだ」
「ええとなんでだろう。よくわかんない」
「わかんない?」
「ええとね、ナナオさんと倉庫街に遊びにに来る約束をしててさ。それでおばけが出る噂を聞いたから探そうっていう予定になってて。でも途中ではぐれちゃって。うろうろしてたら捕まっちゃった」
脱力が促進される理由だな。
東矢は俺の同級生だ。ナナオ、つまり末井來々緒も同級生。東矢と末井は仲がよくて怪談仲間。わけのわからない噂を聞いては二人で幽霊や妖怪を探し回っている。
「それで藤友くんはどうしてここに?」
「タイからお前が拉致られたと聞いた」
「タイさんから? ええと、ごめんなさい」
「はあ、もういい。謝られても意味はないさ。それより切り替えろよ。どうやって逃げきるか」
そう呟いても東矢の目には危機感なんてまるで浮かばなかった。
ここは旧神津港の倉庫街の倉庫の一つだ。
北側中心街の倉庫は数年前に再開発が行われてレンガ造りのお洒落なショッピングセンターに生まれ変わったが、少し離れた南側区画は未だ古いままに取り残されて現在も倉庫として使用されている。
そこではまっとうな積み荷の他にこの辺りのヤクザが管理するやばい積み荷の取引場所にもなっている、という噂は神津に住む人間ならたいてい知っている、はずだ。南側区画の奥に行ってはいけない。とても治安が悪いから。そんなことは常識だ。けれども俺が今いるここはその南側区画の最奥手前の倉庫の一つだった。
どうするかな。旧神津港自体はまだ小規模商船や漁船の係留に使われているから、このまま朝まで隠れることができれば助けは呼べるはず、だ。
最初のコメントを投稿しよう!