H2O2

3/4
前へ
/10ページ
次へ
静琉は手慣れた様子で懐から煙草の箱を取り出して、こちらに向ける。 「…遠慮しとくよ。健康志向なんだ。」 「ふふ、それは意外ですね。 そして残念。 共犯者になって頂いたほうが、私としても都合がよいのですが…」 残念だと言うわりには、その表情には一切の(かげ)りもない。 「それにしても先輩? 鍵なんて閉めて、一体どうなさるおつもり?」 「そうだね…こんな薬品だらけの教室で火遊びしている、無用心な後輩を(しつけ)る。とか?」 とっさに口をついて出た言葉の半分は本当に心配だったからだ。たとえ火事にならないにしても、教室で喫煙なんて無用心が過ぎる。 依然として静流の表情には何らの変化も見受けられない。 薄く笑ったままの彼女の表情は、まるでプログラムされた動作をトレースする精緻な機械を思わせて、どこか不気味な印象を受けた。 「口止め料をご所望ですか?」 「口ならさっきあんたに塞がれたじゃない。心配しなくても、告げ口なんてしやしないわよ。」 「そう、ですか。話に聞くより、優しいんですね。」 さっと熱が引くように、崩れることのなかった表情が沈む。期待はずれだと、そう言われたような気がして、私は少しだけ苛立ちを覚えた。 「どんな話を聞いたのかは知らないし、別に教えてくれなくていいけど、あんた度々失礼だね。」 「あぁ、気に障ったなら、ごめんなさい。」 そう言って新しい煙草に火を点けようとしている彼女は、もはやこちらを見ようともしない。心底つまらなそうにまた窓辺に向かって歩き出そうとする。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加