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ここセンタル国は海につき出た半島のような小さな国です。この小さな国に三人の領主がいます。
森と隣りあう山深いアーネア家。海に広く面したバンエダ家。そして二国にはさまれ、半島の真ん中に位置する土地の豊かなセンタル家。遠い昔より、領民の多いセンタル家が国王を名乗っていました。
そのセンタル家の王子が人魚に出会ったことはまたたく間に知れわたり、だれもが不安な目で王子を見ます。人魚は嵐を起こし、船を沈める海の魔物とおそれられているのです。
「大丈夫。僕は平気だよ」
王子は声をはるけれど、心の中では気がかりなことがありました。
大切な剣を失ってしまったのです。
人魚に剣を持っていかれてしまったことを、秘密にしておくか、父であるセンタル王に知らせるかで悩んでいました。
一人で静かに考える王子の姿を見た人々は、人魚に呪いをかけられたのだと噂しました。やがては王子の元気のないようすが、王さまの耳にも入りました。
「人魚に出会ってから、ずいぶんと大人しくなったが、なにか困ったことでもあるのかな」
母のお妃さまも眉をよせながら、わが子の顔をみつめます。
「サントレオ。みなが心配しています。おかしな夢を見たり、幻の声が聞こえたりするのですか」
「実は僕、王座の剣をなくしてしまいました」
王さまとお妃さま、まわりにいた家来たちの顔がさっとこわばりました。
「そのことは、だれかに言ったのか?」
「いえ。あのとき、いっしょにいたアドレアだけが知っていることです」
お妃さまが王子の肩をそっとだきました。
「いいですか。このことは秘密にしておくように。よくぞ、正直に知らせてくれました」
王さまとそばにいた家来たちはひたいをよせあって、小さな声で話しあっています。短いやり取りのあと、「はっ」と家来たちが頭を下げ、輪はちらばりました。
「サントレオ。もう心配することはない。今まで通り、元気にすごしておくれ」
王さまもサントレオの前でひざを折り、やさしく頭をなでるのでした。
王子が王座を継ぐと領内に宣言するのは十年後です。それまでに、なくしてしまった剣をみつけ出すことにしたのです。
幸いに三人の領主の仲はよく、たとえ剣がみつからなくても、だれが王の座につくかで争うようなことはないでしょう。
剣を持つ者が王になる。
そんな古いしきたりを変えるいい機会だとも、センタル王は思ったほどでした。
センタル国では平和にときが流れ、やがては王子が人魚に出会ったことも、剣をなくしてしまったことも、人々の間から忘れさられていきました。
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