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─王暦1782年、7月─
私がそこまで話し終えたとき、エトゥラは弱々しく泣いていた。
このあと私がどうやって赤いドラゴンを倒したか話そうとしたが、それまではエトゥラの命がもちそうになかった。
「なぜ泣く? 死が怖いか?」
沈黙が返る。
「私からすれば、死ねるお主は幸せだ」
エトゥラの口が動く。
「お前はやはり、死にたいのだな」
エトゥラは力なく仰向けになると、右手にはめた手甲を外した。
それを見た瞬間、私の全身が震える。
エトゥラの手の甲には、赤く柔らかい花が咲いていた。
「スノウ、ごめんね。キミをこんなに長く待たせてしまって」
……リュートス?
信じられぬまま、思わずその名前が口を突く。
私の右手の甲でも小さく赤い花が揺れていた。
「この時代に生まれ変わって、歴史を知って驚いたよ。ボクもキミも、すっかり悪者になってたからさ」
リュートスの身体からするすると光る糸が伸び、私の身体と繋がる。
刹那、私の記憶が糸を伝って流れ込み、リュートスは絶叫した。
千数百年の孤独は、人間にとっても信じ難いほどの苦痛なのだろう。
私が思わずリュートスの身体を抱き抱えると、懐かしい暖かさが私の身体を包んだ。
私の目から黒い結晶が零れ出したが、それは少しずつ色を変え、灰色からやがて白へと近づいてゆく。
「スノウ。これでやっとキミにも死を分け与えられるね」
そう力なく口にするリュートスの意識はほとんど残っていないようだったが、それでもなんとか言葉を繋ごうとする。
「スノウ、綺麗だよ。生まれたときと同じで白く……ありがとう、スノウ」
それきりリュートスは二度と喋らなかった。
僕は自分の身体が少しずつ崩れてくるのが分かり、そっとリュートスを地面に置いてから、そばで横になった。
僕は自分の右手をリュートスの右手に添え、二輪の赤い花を近づける。
「僕を迎えに来てくれてありがとう。ちゃんと約束、守ってくれたんだね。僕、強くなったんだよ。リュートスに見せたかったな」
少しずつ散ってゆく赤い花の上に、真っ白な欠片が降り積もってゆく。
「き、れい……」
そう口にした途端、ドロワ渓谷のあちこちで一斉に草花が芽吹き始めたのを見て、僕は安心しながらそっと目を閉じた。
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