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炎上は、約一週間ほど続いた。
リツイートが何十万件にも及ぶほど燃え上がった後――そのアカウントに、新たな呟きが投稿されたのである。
彼(とりあえず、そう呼ぶことにする)は、こう書いた。
『皆さん、本当にありがとう。
そして、皆さんを利用してごめんなさい。本当のことを話します。
先に言います。僕の本当のアカウントは“こっち”です。僕はもうとっくに犬を家で飼っています。ゴールデンレトリーバーのマリーです。僕の大切な大切な家族です。』
どういうことなの、ときょとんとした人は少なくないだろう。
彼が“本アカウント”と晒したのは、数千程度のフォロワーを持つ犬のアカウントだった。彼は、自分の顔を目元だけ隠して晒していた。なんとまだ中学一年生の男の子だそうだ。本アカウントの方には、大きな犬と笑い合っているたくさんの写真や動画が投稿されている。本人のアカウント、というのは多分間違っていないのだろう。●、を使って箇条書きをする癖などが、あちらの“犬を探す人”のアカウントとそっくりだったからだ。
『犬なんかいらない、犬なんか嫌い、犬なんか捨ててしまえ。僕にはそんなことを言う、とても頑固なおじいちゃんがいます。犬に子供の頃吠えられて、嫌な思いをしたからだそうです。僕がマリーを飼ってもう四年にもなるのに、今でもマリーの悪口を言ってきます。僕はそれが、とても悲しかったのです』
だから、犬の素晴らしさと、犬を愛する人がたくさんいることを知って欲しかったのです。彼はそう語った。
『犬に対して酷い扱いをする言葉を投下するのはすごく嫌でした。でも、どうしても確かめたかったんです。犬を大事にしている人たちがこのつぶやきを見つけたら、きっと反応してくれる。そんなことをしちゃいけないと言ってくれる。怒ってくれる、犬の素晴らしさを語ってくれる。人任せでごめんなさい、でも僕一人の言葉では、おじいちゃんに届かないと思いました』
危ない人も来てしまったけれど、多くの人は僕の期待通りの反応をしてくれたと、彼はそう告げた。
『本当に、感謝します。皆さんのリプライを、引用リツイートをおじいちゃんに見せました。おじいちゃんも、少しだけ犬のことを、犬を愛する人たちの心をわかってくれました。悪口を言わないことを約束してくれました。皆さんのおかげです』
「……ばっかじゃないの」
思わず、私は呆れてしまった。中一の男の子が、彼なりに精一杯考えたやり方だったのだろう。本アカウントを見ればわかる。彼にとっても犬は、どこまでも大切な家族であったということが。彼は確かに、炎上目的だった。でもそれは知名度のためではない、犬を愛する人たちの言葉を、不器用すぎるやり方で集めようとした結果であったのだ。
恐らくは率直に犬の素晴らしさを教えてくれと頼むより、怒りによって露わになる言葉こそ真実であると信じて。
「……ほんと、馬鹿だよね。自分が悪者になる必要なんか、ないのにね」
「むっふ?」
「おいこら、何が言いたいのさ?ご飯はさっき食べたでしょー?」
スマホを見ながらねっころがっていた私の傍に、ポミーがのそのそとやってきて顔を舐めてくる。この食いしん坊の犬が、私は愛しくてたまらない。きっと彼にとっても同じなのだろう。
馬鹿みたいな、それでいてちょっとだけほっこりしたお話。なんてことはない、ただ犬を愛しすぎる大馬鹿がこの世界には多いというだけのことだ。
「そうだね、私達、幸せだよね」
彼は、あの炎上アカウントを消さなかった。
そのかわり、彼のアカウント名は今はこう変更されている。
“愛を探す人”。
彼はきっと、見つけることができたのだ。
自分が一番探し求めていた大切なものを。
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