アンジェラの森

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「みんなが私を醜いっていう。口も聴きたくない、ばっちいから触りたくないっていう。……あなたは違った。私の手を躊躇いもなく握ってくれた。みかの菌が感染るなんて言わなかった。私の目を見て話してくれて、私の顔や姿を嗤わなかった。だから……私を連れ去ってくれるなら、あなたがいいって思ったの」  だからいいよ、と私は告げる。 「その包丁で私を刻むなり、煮るなり焼くなり好きにしていいよ。生贄にもなるよ。それで、あなたが助かるなら、それでいいよ」  人間は怖い。見た目だけで、よそ者というだけで、金持ちだからというだけで。嫉妬と悪意を簡単に向け、人の尊厳を踏みにじる。  妖怪である彼は違う。この少年は、私なんかとは比較にならないほど可愛い見た目をしているのに、私のことを蔑んだり悪口を言ったりしてこない。なんと優しくて、尊い存在であることか。途中から、私が本気で帰りたくないと思っていることに気づいても、無理に事情を聴き出そうということもせず。  お父さんやお母さんでさえ、私のこの見た目と、強気で言い返せない性格を嫌うのに。彼は、彼だけは。 「……実花乃は、馬鹿なやつだなあ」  彼は困ったように笑った。 「醜いだって?そんなこと気にしなくていいのにな。お前さんはちゃんと人間じゃねえか。オイラはただ、その一人の女の子の手を当たり前に握っただけだぜ。それだけでほだされちまうたあ、少々お人よしが過ぎるんじゃねえのかい」 「そうかも」 「もう、家に帰れなくてもいいのかい?」 「何でそんなこと訊くの?私を生贄にしないと、神様が怒るんじゃないの?私はいいよ、帰れなくて。みんな、私のことなんか待ってないんだから」 「お前さんなあ……」  恐らく。幼い見た目に反して、彼は非常に長い事生きてきたあやかしの類なのだろう。暫く自分の手に持った包丁を見つめた後、息を一つ吐いて言ったのだった。まったくやりにくいったらありゃしない、と。 「勘弁してくれよ。オイラも元は村のみんなに嫌われて、生贄に捧げられた人間なんだ。そんな話を聴いたら手元が狂っちまう」 「それは……ごめんなさい。悪いことをしちゃった」 「いや、いいよ。ただ、そうだなあ……うん」  彼は自分の頭をぽりぽりと掻いて、やがてこう告げたのだった。 「ここまで連れてきた生贄をこのまま返したら、確かにオイラは神様に叱られちまうなあ。でも、お前さんを殺すのもちょっとやりたくなくなってきちまった。だからさ。……お前さん、こういう提案に乗る気はないかい?」  髪の毛を一房くれよ、と彼は包丁をひらひらさせて言ったのである。 「友達になろうぜ、オイラと……永遠のさ」
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