アンジェラの森

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アンジェラの森

 今日も今日とて、帰りが遅くなってしまった。私はため息を吐きながら、とぼとぼと帰路につく。学校に行きたくないけれど、家に帰るのも億劫で仕方ない。どうせ、何でまた帰りが遅いんだと叱られるのが目に見えている。何も私だって望んで門限を破ろうとしているわけではないというのに。  妙に軽くなってしまったランドセルを背負い直して、田んぼの道をのろのろと歩いていく。この町に小学校は多くない。子供の数がそもそも多くないので、クラスも一年生から六年生まで合わせて三つしかなかった。少数の子供しかいないから、みんなが仲良くできるかというとそんなこともない。狭くて窮屈な田舎社会、私にとっては面倒で仕方なかった。どうせ、父や母は“所詮は子供の悩み”と相談したところで一蹴するに決まっているけれど。 「ん?」  田んぼの道を暫く進むと、右手側に深い森が現れる。家に帰るためには、その森をぐるりと迂回して橋を渡る必要があるのだが、今日は少しだけ様子が違っていた。森の入口付近で、何かがもぞもぞと蠢いているのである。  よく見るとそれは、小さな男の子だった。私よりも年下で、ボロボロの着物のようなものを着ている。地面を這いつくばって、何やら“ない、ない”と繰り返しているようだった。どうやら何かをなくしてしまい、探し回っている最中ということらしい。 「あ」  ぼんやりとそれを眺めていると、視線に気づいたのか男の子が振り返った。大きな深い色の瞳が驚いたように見開かれる。 「そこの人!」  彼はてててて、とこちらに走り寄ってきた。なんだか小動物のようで可愛らしい仕草だ。 「あの、そこの人!今時間があるんだったら、ちょいと手伝ってくれねえか!?」 「手伝う?」 「探し物してるんだ。この近辺で落としたんだと思うんだが、ちっとも見つかりゃしねえ。あれがないと、オイラは非常に困る。一緒に探してくれねえか?」  彼は身振り手振りで、探し物を表現した。彼の腕くらいの長さがあって、キラキラしていて、とても格好の良いものらしい。固有名詞が出てこないので、どんなものなのかさっぱりイメージが湧かない。あえて言及を避けているのか、それとも彼の説明が純粋にヘタクソなだけなのか。  いずれにせよ、ここまで熱心に頼まれては断りづらいのが人というものである。私は黙って話を聴いた後で、わかった、と頷いた。 「でも、一つだけお願いが」 「おう、なんだいなんだい?」 「そこの人、なんて呼ばないで。私には、実花乃(みかの)って名前があるの」  私がそう言うと、彼は目をぱちぱちさせた後、破顔した。 「おうおう、そんなことならお安い御用だ!名前で呼べばいいんだな?よろしくな実花乃。手伝ってくれて恩に着るぞ!」  彼は嬉しそうに私の手を握って、ぶんぶんと振った。触れたところが温かい。なんだかとても、胸がほっこりとする。私はその感情をうまく言葉にすることができなくて、ただただ“うん”と頷くことしかできなかったのだった。
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